« 2012年1月 | トップページ | 2012年3月 »

2012年2月29日 (水)

バリアフリー観光全国フォーラムIN仙台その4

9時に開場到着、すでにいくつかの団体は準備に取り掛かっていました。

各バリアフリーツアーセンターのブース展示です。

私たちのブースもでき上がったので、みんなでワンショット!山ちゃんはカメラマンで出演できていません。

Img_4885

東京からやってきたという、友末さん 、奥さんが新居浜出身なんですと、、。

そこで、記念写真を

Img_4893

午前中は、伊勢市長の鈴木さんの講演、

伊勢バリアフリーツアーセンターの皆さんの私は丁稚みたいなもんなんです。私の活動はそこから始まりました。と語る鈴木市長の、まちづくりに対する熱い思いを聞かせてもらいました。

お昼のランチョンタイムを使って、各BFTCの事業紹介、

そして、午後からは先進事例の発表、その後、パネルディスカッションと盛沢山です。

Img_4904_2

一般の市民の方も参加していただいての、今回の全国フォーラム、

当初からの私たちの理念である、

バリアフリー観光は、福祉事業でもなければ、ビジネスでもなく、地域再生なのだということを来場の皆さんには理解していただいたことと思います。

今年の各センターの活動振りが楽しみなフォーラムとなりました。

| | コメント (0)

2012年2月28日 (火)

バリフリ-観光全国フォーラムIN仙台その3

去年の3月11日いらいの面々、

まさに、同窓会の雰囲気です。懇親会は伊豆BFTCの内田さんの挨拶でスタート、歓迎のあいさつとして、「ゆにふりみやぎ」の伊藤理事長の挨拶、

乾杯は、カムイ大雪BFTCの只石さんの音頭です。

そのうちに、雪の為に一番遅れて、石川のメンバーが到着しました。

Img_4874_2

昨年の会の後、福島まで帰れずに、東京BFTCメンバーの自宅で、20日ほどお世話になった佐藤さん、

みなさんの前でお礼を言いたいと、挨拶していました。

彼女は身体が不自由だから、しばらく帰ってくるなと言われたそうです。

昨年のこの会の後は、いろんなドラマがありました。話を聞きながら涙が出そうな彼女の話も、彼女が笑顔で話してくれて、みんなも笑顔で聞いて、、、、。

ほんとにいい仲間が集まり、いい会になってきたと実感がもてます。

懇親会の締めに私の挨拶と一本締めを

1

次の日のファーラムの成功と、みんなの幸せを祈って~~~~!

よお~~~~ポン!!

| | コメント (0)

バリアフリー観光全国フォーラムIN仙台その2

昨年の3月11日ぶり、久しぶりに顔を会わす面々です。26日の前日に全国のバリアフリーセンターのメンバーが集まり、各センターの活動状況や、今後の活動についての会議を開催しました。

当日の雪の影響で、会議開催も1時間遅らせて、

それでも、私たちは20分ほど送れての入室となりました。

まずは、秋ジュンによる、事業説明です。

Img_4869

朝早くからの行程だったので、若干お疲れモードの誠一郎くん、近ちゃん、私

Img_4871

中村理事長の説明は、あらためて我々の方向性を示唆してもらった感があります。

Img_4872

その後、国交省の方の事業説明や、助成事業の説明などがありました。開始時間は1時間遅れたものの、終了は定刻に終了です。



| | コメント (0)

2012年2月25日 (土)

バリアフリーツ観光全国フォーラムIN仙台その1

バリアフリーツアーセンター全国フォーラムが、今年は仙台で開催されます。

私たち、四国バリアフリーツアーセンターは、今年は6人で参加です。

朝、6時に事務所に集合、一路、松山空港へ

そこで、手続き、

座席の指定や、車椅子の借り上げ、伊丹での乗り継ぎなどの打ち合わせをやっていると、結構時間には余裕があったのに、もうほとんど無いぐらい、

自分の車椅子は預けて、ANAが用意してくれた車椅子で乗り込みます。飛行機用によくできた車椅子で、機内に入るときは、車輪を取り外し車体をさらにスリム化します。

誠一郎くんには、かなり窮屈そうでした。

席に座って、まずは、近ちゃんとツーショット、

Img_4860

伊丹空港までは順調だったものの、10;05伊丹発仙台行きのはずやったのに、

除雪作業の遅れのため、遅れて12:50発となってしまいました。およそ3時間伊丹空港で足止めです。

それでも、欠航よりはましか!などと気長に待ってました。

でも遅れたおかげで、新居浜商店街のみなさんにも伊丹空港で、お会いできました。皆さんは南三陸町へボランティアで出かけてゆくとのことでした。

他のバリアフリーツアーセンターのメンバーにも会いました。

Img_4863

でも空港で長く待たされるのは、ノーサンキューですよええ。窮屈な車椅子に誠一郎くんは悲鳴をあげていました。

ようやく、アナウンスがあって搭乗です。

近ちゃんは、仙台行きへ、かわいいキャビンアテンダントに押してもらって上機嫌でありました。
Img_4864

まあ、なんとか12:50には、伊丹を出発して仙台へ

今年の旅にはどんなハプニングが用意されているのか?楽しみです。

また、去年会ったみなさんに、会えることがたのしみですねえ。

| | コメント (0)

2012年2月23日 (木)

若い二人と

雨の中、若い二人と待ち合わせ、

末っ子の寛樹と長男の嫁さんの弟、陽太郎くん、

面白いメンバーやねえ、と話しながら

Img_4827

自分だけが、ずいぶん取り残されるわけでもなく(私がそう思ってるだけかも?)

わいわいと話も弾み、

Img_4830

若い子は、若い子なりに、真剣に自分の人生や、仕事のことを考えている、

その考え方や、思いを聞かせてもらって、あらためて自分も勉強になりますね。

でも、やっぱ、若いことは羨ましい!!なあ~~~!!

自分もなんとなく、その世代に溶け込んだような気にさせてもらった一夜でした。



| | コメント (0)

2012年2月22日 (水)

バリアフリーツアーセンター

再始動です。

今週、仙台で全国バリアフリーツアーセンターの総会が開催されます。

久しぶりに集まったメンバーと、

Img_4823

昨年は、3月11日に松江で開催されたのです、

会議の途中で地震のニュースが入り、ワンセグで何人かと覗き込むように見守っていました。

その日に、私の身体も変調を、

会の途中ではありましたが、

震えが止まらなくなって、松江から一人でJRを乗り継いで新居浜まで帰りました。

そのまま、入院53日間でした。

大震災を目の当たりにして、なんとかしなければ!!という気持ちがあっても、何もできない自分に、腹立たしさも感じていました。

退院を待たず、協力してくれたみなさんのおかげで、4月8日には第一陣が現地に乗り込むことができました。

その後も、昨年から今年にかけて、震災復興ボランティアに没頭していました。

そんなことで、昨年はバリアフリーツアーセンターの事業はなかなか手につかなかったのが実情です。

今年は、みんなと協力して、しっかり活動を定着させてゆきたいと思ってます。

みんなが、笑顔で、四国を旅できるように、、、。

| | コメント (0)

2012年2月19日 (日)

一週間前

いい天気でした

気分もよかったし、真光寺へお墓掃除にゆき、そのまま、自転車道へ

一気に、瑞応寺まで、

Img_4808

お寺の階段をなんとか上がって、もうバテバテです。

Img_4810

しかし、寝そべったところから見える空の碧さは最高でした。

その碧い空の手前で微笑む女性が、、、、。

Img_4814

そして、せっかくだからと、美しが丘の造成地へ、ここも、四国山脈と碧いそらがたまりませんでした。

Img_4815

思わず、私も息子がよく写真を撮るときにするポーズを真似て、

あらためて、思いますが、四国山脈のこの絶景は、私たちの宝ですね。

| | コメント (0)

2012年2月18日 (土)

腰湯」

出張の途中での風邪ひきは難儀ですね

今回も、最終が東北だけに、気をつけていたのに、昨日は熱のせいか、東京からの新幹線のなかで、弁当を食べながら寝てしまっていました。

箸も持ったまま、

しかも隣の荒川氏が起こしてくれなかったら、たぶん青森まで行っていたのではないかと思えるほどです。

仙台に着いても、さすがにどっかへ行こかという気にもなれませんでした。

仙台での泊まりのホテルは、大浴場もあるのですが、それも行く気になれず、

そこで、はたと思い出したのが、「腰湯」

そういやあ、最近は風邪もまったくひかないし、忘れてたけど、昔はよくやってました。

風呂に熱めの湯をためて、上の下着は着たまま、湯につかり

汗が吹き出てくるまで、、、。

その後、着替えて即効寝ます。

おかげで、今日はずいぶん楽になりました。

シンプルだけど、

「腰湯」の効き目は抜群ですね。

| | コメント (0)

2012年2月16日 (木)

協働オフィス交流会

和やかな雰囲気

ボランティアをやってる人たちの集まり特有の、温かな雰囲気があります。

私も久しぶりに参加させていただき、

なんとなく、故郷へ帰ってきたような感覚でした。

Img_4801

発表会が終り、隣の交流会場へ

Img_4802

オペラのみんなも、PRのために一曲

Img_4804

丁度、隣に座った青年と話していると、

私の息子より若い、

私は20代のころ、こんなに使命感を持って、ボランティアに取り組んでいただろうか?

青年会議所のおかげで、35歳ころからは、ずいぶんやってきましたが、

20代には、彼らのように目覚めてはいませんでした。

しかも、どこかの団体に所属するでもなく、自分たちで組織を立ち上げているわけです。

ボランティアに対する意識の成熟度合いがうかがえます。

逆に、成熟した社会が、それを求めているのかもしれません。

ただただ、

彼らがまっすぐに、進んでゆける、社会の仕組みを早く構築してゆかなければならないと思うのです。

| | コメント (0)

2012年2月13日 (月)

忘れてはならない日

天皇陛下がおっしゃった、記憶しなければならない日が4日あります。

それは、8月6日、広島原爆の日

8月9日、長崎原爆の日

そして8月15日終戦記念日

最期に、6月23日、沖縄戦終結の日です。

日本晴れ、2月11日、建国記念日の奉祝大会、西条会場に参加しました。

まずは、十亀興美 大会実行委員長の挨拶、

Img_4790

紀元節の歌斉唱、コーラス:エコー・おおまち

Img_4792

そして、ハーモニカ演奏、宇佐美進とシャン・ド・フルール

Img_4794

そして、記念講演、勝岡寛次氏(明星大学講師)による「誇りある日本を築こう!~古事記千三百年、沖縄復帰四十年を寿いで~」

いい講演でした。あらためて日本国を考える、いいきっかけをいただきました。

以下講演より

昭和27年4月28日サンフランシスコ条約によって、主権は日本に復帰しました。主権復帰記念日とか言われます。

しかし、それからまだ、20年間沖縄はアメリカだったわけです。

昭和47年5月15日に沖縄は本土復帰しました。

つまり、日本本土は20年から7年間、主権は復帰できませんでしたが、沖縄は実に20年もの間、日本ではなかったわけです。

沖縄の人にアンケートを取ると

沖縄人は日本人ではない40%、日本人であって沖縄人ではない30%、日本人でもあり沖縄人でもある25%

という結果だそうです。

沖縄の人のアイデンティティが、伺えます。

私の所見として、

それも、本土復帰に20年かかったことが大きく影響していると思えます。

日本のために、身をささげて戦っていただいた、沖縄は、私たち日本国民の魂の聖地であります。

私たちは、沖縄と本土の絆を強くしてゆかなければなりません。

また、沖縄の歴史を深く認識することは、私たちの責任ではないでしょうか?!

まして、沖縄の人々にうそをつくなどは、もってのほか!!であります。

沖縄を中国の脅威にさらすようなことがあってはならないと思います。しかし、今の政権ではそうなるとも限りません。

私たちの魂の聖地、

沖縄をしっかり守ってゆく政治をすすめなければならないと思うのです。

この日、私は6月23日と5月15日の二日は

しっかり、胸に刻み込むことができました。

| | コメント (0)

2012年2月11日 (土)

チャリティー企画INそがべ

2月10日、西条市のレストラン「そがべ」で東日本大震災復興支援チャリティ企画に参加しました。

そこで、発表を予定していた、岡内さんの誘いです。

岡内さんは、震災後、自分も何とかしたいと、被災地におもむき、瓦礫撤去のあたり、素手でするよりは、重機を使ったほうが良いだろうと、急遽、重機の免許を取って再度、ボランティア活動に参加、

とにかく行動派です。

今回の企画では、気仙沼の鈴木さん夫妻をお呼びして、実際の現地でのありさまや、震災後の活動も伺いました。

Img_4770

岡内さんの話も、やはり実際に活動してきた、生の声だけに説得力があります。

Img_4776

岡内さんの講演の最期に、下の「はすの花」をスライドにだして、

Img_4777

「いくらヘドロのような、土からでも、しっかり蓮の花が咲いているのです。」

という言葉が印象的でした。

不思議と、知り合う人がみいんな、気仙沼へ行ってるんですよね、

この週末も、東京の愛媛県人会のみなさんも、気仙沼へ行かれたと思います。

なにか、愛媛県と気仙沼は、前世で深い縁があったのでしょうか?!そんな気さえする関わりですよね。

私たちは、次回4月10日の週に、現地に乗り込む予定です。

先日、新居浜まで来てくれた、小野寺議員が、「忘れられてしまった。」と思うことが一番心配ですと言っていたように、

気仙沼のみなさんのところへ、また、新居浜のみなさんの真心を、お届けしたいと思っております。

今回の企画の副題~震災のことを忘れないために~

| | コメント (0)

2012年2月10日 (金)

居酒屋ライブハウス

オープンしてからずいぶんたってますが、まだ行けてない警察署前、「たくろうちゃん」にヒデさんと食事にでかけました。

看板は「居酒屋」

料理も美味しいけど、壁にギターがちゃんと置いてあるのが嬉しいですね。

しばらくすると、ノリが友人とやってきて、

それでもって、食事も終わってくると、居酒屋はライブハウスに変身

私が2曲やらしてもらって

その後、マスターの歌

Img_4765

そして、ヒデさんもオリジナルをしっとりと、

Img_4767

とか、やってると小野君たちが乱入

駆けつけ3曲?!

Img_4768

おっさんばっかしで、かれこれ、盛り上がりました!!

居酒屋「たくろうちゃん」いいねえ!!

| | コメント (0)

2012年2月 9日 (木)

人災は繰り返されるのか?

歴史は繰り返されるとよく言われます。

1923年起こった、関東大震災

第一次大戦後の日本は、現在と同じく日本全体の物価は下落し、デフレ状況下にありました。

同じデフレ不況下で起こった大震災ですが、今回の東日本大震災はさらに、デフレ不況にプラス、リーマンショックと、その状況は深刻です。

そして、その対策も打ち出せないままの、政治不在とでもいえる状況ですからさらに深刻な状態にあると言えるでしょう。

関東大震災後の政府の政策は、緊縮財政路線をすすめます。その結果、1927年からの昭和の金融恐慌へと突入するわけですが、

さらに、3年後の金本位制復帰によって、さらに大恐慌に陥ってしまうのです。

まさに人災といえるのではないでしょうか?!政策選択を誤った結果、国民に大変な状況を押し付けてしまったのです。

阪神大震災の後も、

1997年に消費税の増税を行い、デフレ不況に突入しました。これも、政策選択ミスと言えるのではないでしょうか?!

現在はどうかというと、震災復興予讃を組んではいるものの、その実施は、ちまちましたもので、

その上、復興増税、さらには、消費税の増税、

デフレに対する金融政策については、議論もされず、

財源確保の増税のみです。こんな状況では、再び人災として、国民が辛苦をなめなければならないような状況がやってきてしまうことを懸念します。

経済学者によっては、人口減少がデフレの正体のようにおっしゃっている方もおられますが、

現在状況は、国民の先行き不安感が、最も大きいのではないでしょうか、

このまま、大手企業の海外移転が進み、国内失業率が増加してゆくままでは、その不安を解消することはできません。

復興を国全体で取り組める、政策の実施と

金融緩和を含めた、金融政策の早期の実施を望みます。

歴史が繰り返さないうちに、、、、、。

| | コメント (0)

2012年2月 8日 (水)

税教育

新居浜市立浮島小学校で「税に関する授業」が行われていました。熱心な授業風景を見せて頂きました。

「どんな税がありますか?」

子供たちは一斉に手を上げます。「はい、消費税」、「はい、固定資産税」、「はい、酒税」、「はい、タバコ税」

けっこう、子供たちは知っているのです。

Img_4749

うん?参観日?

数人の女性が教室の後ろで熱心に見守っていました。

そう!!法人会女性部が講師として来ているのです。メンバーのみなさんが参加されていました。

Img_4751

そして、、、、、。

教えているのは、なんと妻ではありませんか?!

Img_4750

子供たちも楽しく授業に参加してるようでした。よかった。

| | コメント (0)

2012年2月 7日 (火)

スーパーマーケット,トレードショウ

先週、立ち寄ったスパーマーケットトレードショウについて書き込むのを忘れてました。

2月1日~3日に東京ビックサイトで開催され、私は大阪での「新居浜倶楽部」から東京新居浜倶楽部への移動の途中に寄らせてもらいました。

すごい人出です。

全国から物産が集まり、尚且つ、食品メーカーの出店も多数、

それを見に、全国からいわゆるバイヤーや業者が集まってくるのです。ですから一般の来場者はいませんが、それでも10万人を越える来場者だそうです。

ありました!!愛媛の数社で協力して出店しているブース、

新居浜からは、私のところの「白いも本舗」こと(株)プロップ、そして、別子飴本舗さんが出店しています。あと愛媛からは3店舗、5店舗のみんなで協力しての出店です。

新居浜の産業創造センターさんの支援もいただいています。

Img_4717

残念なのは、私たち以外の県では、ほとんど県単位のブースを設置しており、県職員も大勢応援に来てるのです。

その県によってもブースの大きさはいろいろですが、四国内でも、徳島も

Img_4722

高知も、頑張ってました。当然香川県もありますし、北海道なんかは、巨大なブースでした。

Img_4724

私たちの愛媛県も、3年前までは、各商店がバラバラに出店していたのですが、去年から何社かで協同出店して、「えひめ」の看板を掲げようと、声がけし、出店しています。

各県ブースを廻っていると、いろんな出会いがあります。

以前、一緒にフォーラムにパネラーで参加したことのある人と出会ったり、、、、。

逆に、商社の方で、「私も新居浜出身です!」と尋ねてきてくれたり、

東北の各県ブースを尋ねて、なんかないかなあ?などと思いながら歩いていると、

なんと!!11月に新居浜での大物産展に参加してくれた気仙沼の石渡商店の石渡君が!頑張ってました。

Img_4727

ほんの2ヶ月ほど前のことなのに、懐かしくて、

また、頑張ってる姿を見れて、嬉しくて、

愛媛のブースに来てもらって、みんなに紹介しました。

また、「気仙沼に行くよ!!」

「ボクも、また新居浜に行きます!!」そんな言葉を交わして、別れました。

気仙沼に寄贈した、「大島へのフェリー」が、気仙沼の大島へ頑張って航行している姿を見るのも楽しみですし、

あの大鍋屋(ちっちゃい旅館)のおかあさんや、唐桑の村上ばあさん、児童館の館長や、管野さん、

当然、石渡くんにも、すし職人の鈴木君、元気にしてっかなあ?

ボランティアで知り合った、みんなに会うのが楽しみですよね。

支援のつもりで、行くたびに、逆に人情に温めてもらってくる、気仙沼に、

また、行こ!!

| | コメント (0)

2012年2月 6日 (月)

小野寺五典氏

土曜日には、宮城県気仙沼出身の衆議院議員、小野寺五典先生をお呼びしての、自民党主催、時局講演会を開催しました。

五典先生の実家は気仙沼でちっちゃな旅館を経営されており、去年の10月のボランティアで気仙沼に行ったときには、その旅館に泊めていただきました。

そのころから、五典先生をお呼びして、講演会を開けたらなあと、思っていたのです。

今回おいでいただき、すばらしい講演会を開催できました。

参加していただいた800人ほどのみなさんも、納得していただいたのではないかと思うのです。

震災後、実際に現地で、また、国会で、活動してこられた、五典先生の生の声は、誰の話よりも説得力がありました。

P2041580

P2041612

Img_4736

それと、災害が起こったときに、現場で適切な対応ができる、政治家

つまり、日頃から地元の事をしっかり把握できている政治家ですね、彼は。

また、講演では聞けませんでしたが、かなりの外交通です。

地域を語り、国の姿を描くことができ、世界を語れる

尊敬できる政治家にめぐり合えました。

| | コメント (0)

2012年2月 4日 (土)

新居浜クラブIN大阪

年に一回の「新居浜倶楽部」に2月1日は大阪、2日は東京と出席をしてきました。

毎年、顔を会わす人、また、初めての人、

いろいろだけど、

新居浜弁は、共通です。

もう7回目となるこの会に、私は今回で4回目です。

Img_4704

4回目となると、「久しぶり、一年ぶりねえ」などと、同窓会の感じです。

そう、まさに新居浜同窓会ですね。

この会で、大学以来30年ぶりに会って、それから、結構頻繁に会ってる人もいます。

Img_4705

大島出身の人に、「白いも」をずいぶん喜んでもらいました。

懐かしい写真なども見ながら、和気藹々といい雰囲気で会は進みました。

Img_4710

2次会には、娘と彼氏も呼んで、ワイワイと、、、、。

来年は、一次会から、娘と出席しようかしらん。

| | コメント (0)

2012年2月 3日 (金)

祈りは届きますか?

山本町から空港へ向かう途中に、お寺が流され、鐘だけが残ったものを、ボランティアのみなさんで、そのつり鐘を再現したところに出くわした。

そこは、神社だって場所のようで、

Img_4694

そのつり鐘のところに、絵馬板が置かれており、

自由に書き込んで、つり鐘のところにつるすようでした。

Img_4695

それを書き込み

祈りを込めてつるします。そして、鐘をついて、祈りをささげました。

この祈りは届くのでしょうか?

Img_4697

| | コメント (0)

2012年2月 2日 (木)

何もない!

飛行機の時間まで若干あったので、福島県との県境付近、とくに山本町を見ておこうと出かけました。

それまでは、被災した民家なども、そこここと見かけたのに、山本町にはいると、何も目えないのです。

県境付近は一般車両進入禁止になっており、原発の関係もあるのでしょうが、

そこを越えてゆくと、道自体が吹き飛んでいました。下の写真のように、護岸もず~~~っと飛んでしまってありません。

Img_4690

Img_4689

民家の跡さえもない広いところに、ポツンと山本町立浜中小学校が残っていました。

2階の窓の割れようや、体育館の天井が落ちてしまっているところを見ると、津波の高さがうかがえます。

Img_4693

これまで、さまざまな被災地を視察に行きました。その地域によって被災のスタイルが違っていることは理解できますが、

この、山本町のように、民家の痕跡さえも見当たらないほど、

津波の巨大さというよりも、津波の暴速による破壊力のようなものを感じたのはここです。

ほんとうに、この地域は、人が戻ってこれるのでしょうか?!

| | コメント (0)

2012年2月 1日 (水)

東北は寒い

今朝書き込んだはずなのに、登録できてなかったのか、見当たらないので、再度、月曜日、

夜の同友会朝飯会の懇親会を早々に失礼し、一度自宅に戻り、着替えてから、新居浜駅へ

寝台特急に坂出で乗り換え、東京到着が7:08、慌ただしくホームを駆け下り、東北新幹線へ乗り換え8分で、はやて7:16に飛び乗れます。(当然、朝食の弁当も買い込んで)

これだと、8:58に仙台に到着し、午前中の用事ができるのです。

福島あたりから豪雪で、どうなるんだろう??などと思っていると、仙台付近はそんなに雪は降っていませんでした。

石巻に移動中矢本のパーキングに、おいしい「いなりずし」があるというので、購入、

Img_4675_3

外も、結構日がさしてきたので、ベンチでいただくことに、

雪見酒、ではなくて、雪見「いなり」でした。しかし、寒かった。

石巻に着くと、吹雪いていて、さらに寒い!!

とにかく、東北は寒いです。

| | コメント (0)

« 2012年1月 | トップページ | 2012年3月 »