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2011年5月31日 (火)

被災地を行く~出会い

女川からの帰り道、「佐藤水産」の看板と、ちっちゃなプレハブの事務所を見つけたので、たずねてゆきました。

佐藤くんの従兄弟の奥さんという人が留守番をされていました。私のことも、旦那さんや佐藤君から聞かされた事があると言ってました。

しばらく話して、いざ、石巻へ、

ボランティアのメンバーのみなさんと出会うためにインター近くのイオンへ

その前に、港の近くの工業団地へ、

かなりの悪臭ですし、水産加工の工場群は壊滅状態でした。これはひどい!!

Img_2982

(ボランティアのメンバーとイオン前にて)

電話で連絡を取り合いながら、11時には、石巻江南インター(女川へは、ここで高速を降りるのですが)にあるイオンということで、そこへ、、、。

会えました!!

2回目の人、今回初めての人、

疲れているはずなのに、そんなそぶりは、みじんも見せず、笑顔のみなさん。

なんか、新居浜のみなさんに会えただけで、涙が出るほど、嬉しくて、、、。

一緒に行けない自分が、なんとなく恥ずかしくて、「頑張ってください!!」と一言いって、皆さんとは別れました。

今回の視察は、現地の復旧復興に直接携わる人たちと話ができたこと、

また、被災地でも、それぞれの被災の内容に違いがあり、

たとえば、穀倉地帯であれば、塩害と災害ごみに覆われた水田の復旧をどのようにするのか?!

石巻のように、水産関係の工場、倉庫郡が壊滅した地域では、どのような具体的支援が可能なのか、

さらには、女川町のように、「まち」がほとんど壊滅しているところは、どのような復興が、、、。

復旧でゆけるところ、再生できるところ、新たに構築しなければならないところ、

その地域によって、対応を考えなければならないということが、よく理解できました。

国も県とともに、現地の状況をしっかりと把握して、地域ごとにあった復興計画を、地域の側と協働して、策定してゆかなければならないのでしょう。

東北全体の復興ビジョンを早急に打ち出し、短期間で、国、県、市町、住民のみなさん、それぞれの役割を、しっかりと議論したうえでの、

復興を望みます。

今、私自身が復興計画の策定の中に、身をおきたい気持ちで一杯です。しかし、私が今やるべきことは、

私ができる、支援のかたちを、可能なかぎり続けることなのですね。

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