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2011年4月21日 (木)

手を差し伸べれてない、避難所

久しぶりに、慶応大学教授の上山先生にメールを送り、「東洋のパチュピチュ」へおいでになりませんかという、お誘いをいたしました。

先生とは以前、直島を一緒に散策したり、もっと前には、構想日本で一緒に議論をさせていただいた間柄です。

前に「地域活性化フォーラム」を開催した時、テーマは新居浜の顔づくり、また、拠点づくりとしての駅前の開発について、そのパネルディスカッションの前の講演とディスカッションにも参加をいただきました。

その前日、新居浜に来て、旧別子を歩きたいとの要望が、上山先生からありました。

それならと、当時国交省の観光課長をされていた、荒木課長も誘って、とか言う話になって、楽しみにしていたのですが、

当日は、台風が来てしまって、逆に、翌日、みなさんには何とかしていただいて、新居浜までたどり着いたというようなことで、

フォーラムは成功しましたが、その時の上山先生の希望は果たせないままでした。

あれから、もう4,5年たちます。新居浜の産業遺産の観光も結構全国に広がってきてますので、また、誘ってみたわけです。

あわせて、最近の私の活動なども、特に、災害支援についての状況話などを書いておきました。

上山先生も、支援物資を中心に活動されているそおで、まだまだ、足りないので、支援してほしいという返事がきました。

その後、支援物資を上山先生と一緒に、現地へ供給している方からいただいたメールで愕然としました。

気仙沼付近の避難所で、みなさんは活動しているそうですが、

未だに、公的支援をまったく受けることができてなく、その日その日をなんとかしながら、避難所生活をしているひとが、4000人ほどいらっしゃるそうです。

その避難所で生活するみなさんを、ボランティアのみなさんで、草の根支援をしているのだそうでした。

とりわけ、食料は当然ですが、子供の洋服がまったく足りてないということでした。

石巻のボラセンでは、もう服はいいです。宮城県でも服の受付はしていないように聞いていましたので、驚きました。

幸い、私たちのところに集まっている、物資には子供服がまだたくさんありますので、早速おくることにしました。

このように、現地の情報と言うものは、実際に現場で活動しているひとからもらわないと、わからないものだと、いまさらのように感じました。

中央官庁の役人を、2日間でもいっせいに、現地に派遣して、現地の状況把握なども、もう一度してみては、どうでしょうか?!

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