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2011年3月31日 (木)

人的ボランティア

ようやく、全国規模でボランティアを現地に派遣する組織が立ち上がりました。

青年会議所会館で行われた、その発足会には当然出席をするすべもなかったのですが、後輩がやってくれてるという思いもあって、やっぱ嬉しいですね。

さて、我々も新居浜災害救援ネットワークとして、現地入りが近づいてきました。

4月8日出発、

新居浜の物産と、新居浜名物いもだきを現地のみなさんに提供しようと思っています。

災害救援ネットワークの方で、現地へ行けるボランティアの方を募集すると思いますので、よろしくお願いします。

支援物資も、市役所の発送便に便乗させていただき現地へ送りました。

我々独自で、現地の要望にあわせて持ってゆく物資の調達もしなければなりません。

そんな、ことで忙しい毎日を過ごしながら、

3月が終わります。

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2011年3月30日 (水)

友、遠方より来る~桜の季節

久しぶりの再会です。朴釘(パク チョン)さん、はるばる韓国から、私に会いに来てくれました。

療養中の私には、これほどのご褒美ははないほどの出来事です。

彼とは10年ほど前に日韓のサッカー交流で知り合い、それ以来の付き合いでした。

彼と会うのは、7年ぶりになると思います。8年前の私の県議選のときにも、ずいぶん応援してくれました。

その一年後に、彼が韓国で国会議員選挙に立候補したのです。(当然、私も韓国へ陣中見舞いに行ってきたのですが、、、。)あえなく敗退をしましたが、

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それから、彼は単身、中国へ行きました

私はてっきり傷心の思いがやりきれなくて中国へいったとばかり思っていましたが、

彼はそうではなく、中国の大学で博士号も取得し、ビジネスもしっかりやっての、韓国帰国でありまして、

帰国して、さっそく私のところに会いに来てくれたことは、ほんとに嬉しいことであります。

そして、彼は8年ぶりに、来年、再度、国会議員に挑戦するとのことでありました。

もともと、パクチョン語学院という韓国NO、1の語学学校を経営する彼です。その経営手腕を大いに、政治の場で生かしてもらいたいと思います。

彼の政治むけの名刺のキャッチフレーズは「愛、夢、感動」であります。

そう、私と同じ政治信条で戦っているのです。(私の影響もありますけど、、、。)

そんな彼に、励まされ、また、私も彼を励まし、再会をお互いに誓い、別れました。

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外は、ちっちゃく桜の花が咲き始めていました。こちらも、もう統一地方選挙が始まりますね!!

わが同志に、勝利あらんことを祈りつつ、まだまだ咲きそろわない、桜を車椅子から眺めていました。

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2011年3月29日 (火)

気持ちが高ぶる

最近、朝4時ごろには目が覚めるようになりました。だいたい前日の仕事のこととか、当日自分がやらなければならないことなどを、考えるには余りある時間を持てます。

それ以外では、英会話を30分ほど、

あと腹筋とか、ストレッチ、

ブログやグループボードの確認、

などをやってますが、今朝は、今度の県議選の出陣式のメッセージを書いていました。

何人か案内をいただいてはいますが、出席は叶いそうもないので、お一人づつメッセージをしっかり書くことにしたのです。

その候補者のこれまでの活動や、お人柄、さらにはその候補者の方に期待するところ、

などを書いていると、その候補者の支援者の方が私の眼前にぎっしりと立ち並んでいる姿が浮かんでくるのです。

その多くの皆さんは候補者にどのようなことを期待しているのだろうか?

どのような思いで候補者を眺めているのか?たとえば、自分の息子のような、、、、。

すると、支援者の方の立場と候補者の立場、両方の見方で文章を書き綴っていることに気付きます。

それと同時に、自分の気持ちも高ぶってくるのです。

実際にそこへ行けない自分だから、なおさら、、、、。

できる限り、気持ちを込めて、

ただただ、みんなの当選を祈るのみです。

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2011年3月28日 (月)

義援金、募金活動

先週の19日の募金活動に引き続き今週、26日、27日の活動にも多くの皆さんにご協力をいただき、ありがとう御座いました。

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特に今週は、すこし寒かったのですが、その中でも、一生懸命、通りののみなさんに声をかけて頂き、

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また、協力いただいた、イオン新居浜とフジさんにもお礼申し上げます。

次は、いよいよ、現地での人的支援です。

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2011年3月27日 (日)

東北州を

道州制が大きく取りざたされていた自民党政権の終盤とは打って変わって、民主党政権下では、道州制の議論も若干落ち着いているように思えます。

今回の東北関東大震災の復興のスピードを加速するために、東北復興局なる、各省庁を横断的に統括して、総合的な対応ができるような部局を構築するべきなのではないでしょうか?!

また、多県にわたる事業ですから、国としてのしっかりとしたスタンスも確定させておかなければならないと思います。

たとえば、復興局で統括的に動かすとしても、各地域のグランドデザインは、地域の側から創り、東北全体のバランスをふまえた地域ビジョンが必要となると思います。

つまり、東北復興局は、まさに東北州の州府的な存在になるのです。

このさい、東北州を構築してゆくつもりで、復興も進めてゆくべきかと思います。

つまり、今回の震災復興は、まさに日本全体の国づくりのスタートなのです。

震災で被災された多くの皆様のためのも、

そして、その心の希望のともし火を絶やさないようにするためにも、

何かをしなければと現地におもむく、心ある多くのボランティアの皆さんの心に応えるためにも、

今、政治が、大きな決断を下す時なのではないでしょうか?!

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2011年3月26日 (土)

今だ、消息つかめず

宮城県女川町で東関東大震災に被災した私の友人「佐藤充くん」の消息が今だつかめません。

毎日、見る、市町村別避難者リストに彼のお父さんの名前は確認できたものの、彼の名前を見つけることは、できないままです。

私がこんな身体の状態でなければ、もうとっくに現地に乗り込み、彼の消息を確認するのと、現地でのボランティア活動を行っているのに、、、。

そんな、ジレンマもあり、できるかぎりネットを利用して、彼の消息をつかもうとしたわけですが、

昨日、どこをどう、たどっていったかは分かりませんが、安否確認サイトで私の友人で検索したときに、「佐藤充さん、本人もご両親もご家族も健在、、、。」という書き込みを発見したのです。嬉しくて涙が出そうでした。

それじゃあ!!と、愛媛の私が書き込むのも、おこがましいかと思いつつ、女川の安否確認の掲示板に、「佐藤充くん、彼宛に連絡をくれ!」と書き込みをさせていただきました。

すると、

夕刻、女川出身で、現在千葉に在住という、私の友人の知り合いからメールをいただきました。

その、千葉に住む彼は、私の友人、佐藤君のこともよく知っていて、

しかも、すでに現地に一度行ったそうでした。

彼からのメールは、今だ消息はつかめず、、、、、。でありました。

4月に現地入りする話をしますと、快く、現地(女川町)で、みなさんをサポートしてるメンバーを紹介していただける返事がありました。

なんとか、無事でいてほしい!!

ただ、祈るだけであります。

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2011年3月23日 (水)

再生医療フォーラム

少し遅くなりましたが、今月の初めころ開催された、再生医療フォーラムについて話しておきたいと思います。

画期的なフォーラムでした。経済産業省が主催する医療フォーラムは始めてのことではないでしょうか?!

再生医療の分野で、CPC、つまり細胞培養センターを、生産と位置づけることは、非常にハードルの高い部分です。

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しかし、新たな医療産業と、新たな市場を創造してゆくためには、越えてゆかなければならないハードルなのです。

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まさに、厚生労働省と経済産業省のしめぎあいです。

しかし、産業界もどうせ許可にならないとあきらめるのではなく、産業界のワンボイスを築き上げ、行政に対して強く訴えてゆかなければなりません。

それと同時に、業界自体が、自分達を律する、品質の面とか、安全性の面での規格を構築してゆく必要があるわけです。

わたしの 一つのライフワークにしたいと思っています。

また、政治の面からこの方面を後押ししようとする政治家もいまのところ見当たらないので、なおさらです。

みなさんに、私の事業計画を紹介するのも近じかです。

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2011年3月22日 (火)

支援事業

現地の社会福祉協議会や、愛媛県から現地入りしている人とも連絡がとれ

いよいよ、現地への人的支援のスタートです。

スタートとして、4月8日から3日間、

炊き出しや、支援物資の配送のボランティアを実施する予定です。

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また、先日のイオンでの募金活動も皆さんのおかげで、結構集まりました。詳細は、新居浜災害救援ボランティアネットワークのホームページを見てみてください。

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大石市議、永易市議、秦市議候補や、古川県議候補も、

災害の支援には、政党や、派閥など関係ないですね。みなさん、一生懸命頑張っていただいてました。

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2011年3月21日 (月)

あしぶみ~発進

今年は、私にとって、やはり大きな転機なのでしょうか?!

年初よりその予感はしていたわけですが、、、。

それと、日本国も大きく変わろうとしているようですね、船井幸雄氏が書籍で書かれていた2012年に次元が上昇するという本を、おもわず思い出してしまいました。

次元がどうこうは別として、日本国民にとって、今回の東関東大震災は、越えてゆかなければならない大きな試練です。

私はこれだけではなく、経済的なダメージも時期をずらせてやってくるような気がしてなりません。

あとは、政治の無策さです、さらには、それを露呈さす、リーダーシップの無さです。

政権交代以降だけでも、私達は余りあるほどの国益を、政治のリーダーシップのまずさによって失いました。

国全体の構造を変えなければなりません。少なくとも自民党政権時代は、経済の構造改革を進めようとしていました。

規制緩和によって、一気に、自由主義経済へ振り子を大きく振らすやり方は、若干賛成できない部分もありました。

その一方、政権交代を果たした民主党は、日本のこれからの経済のゆくえ、について語ることなどまったく無いうえに、なんら経済対策も実施せず、すでに二年近くになっています。

まして、子供手当てなどの、ばら撒き政策をそのまま進めようとするところは、どちらかと言えば、社会主義国家のような感も受けます。

政治も、経済も、さらに地域社会も

新しい社会、そしてそこに生活する人の、新しい規範、さらには、新たな原理原則

そのような、ものから創り直してゆかなければならない年なのではないかと思うのです。

私自身もそうです。

新たな自分に、

変化の年として、実感があります。

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2011年3月19日 (土)

3/18総理記者会見

夜、眠れず3月18日の総理記者会見を見てみました。しかし、この人は、あくまで自分が与える側という立場は崩さず、被災地の皆さんには、政府から、与えるという考えしかないのでは、と思います。

福島原発事故に関しても、「最大限の努力をしています、、、、」と自分のことを賞賛する言葉なのです。

何をどうように努力しているのでしょうか?

この人の、演説は、ほとんどがこのように中身が具体的には見えないまま終わるのです。

この時期でしたら、もうすでに、各大臣にそれぞれの役割を担ってもらい、スタートしているはずですから、

もうちょっと、ましな演説ができるのではないでしょうか?!

しかも、内閣の強化についても「対応力の高いものにしてゆく、」と言っていました。

まずは、現況の人材で乗り切ることを考えるべきでしょう?!

菅総理、私があなたの立場であったら、大臣、副大臣に担当と、自分の考え方、そして、その進め方などを、ミーテイングしておいて、

後は、現地に乗り込むけど、、、。衛星電話あれば何とかなる。

しかも、今回の原発事故は別として、地震、津波災害については、行政側は十分対応について、阪神大震災の経験を生かせるけれども、

それらを、統括して最終的な決定を下す官邸が、官房長官も、総理も、まったくの未経験では、したのものも大変だと思います。

自民党の災害に対して精通した(特にボランティアとの連携や、業界団体との連携など)人材に、災害復興は任せ

菅総理地震は、福島へ乗り込んで頑張ってもらいたい、

そうすれば、あなたの思惑通り、選挙は勝てるし、復興も早くなると思うのですが、、、。

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2011年3月18日 (金)

災害支援募金活動

多くのみなさんに協力をお願いします。

19日10:00~17:00まで、  場所 イオン新居浜

よろしくお願いします。

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2011年3月15日 (火)

友人からの電話

本来でしたら、その友人は明後日、私のところへ出張のついでですが、会いに来ることになっていました。大学時代の同級生で、昨年、同窓会で再開して、久しぶりに愛媛で一献のつもりでしたが、

今日、電話が入り延期をお願いしたい旨でありました。全国に支店を持つ巨大企業の本部長をやってる彼だから、当然と思いつつも、自分の方から気遣って電話しておけばよかったと、、、。

彼の最後の方の言葉が、いまだに脳裏に残っています。「白石、現地の状況は、テレビに流れている以上のひどい状況やぞ!!」

だけど、何もしてあげることができないことが、悲しくてなりません。

そうそう、災害救援ボランティアは正式に昨日(月曜日)に立ち上がりました。社会福祉協議会も、市役所も、ハートネットワーク(CATV)も、あと、連合自治会も、中学生の生徒達も、

朝、福祉センターで打ち合わせを終わって、センターを出ようとすると、庄内町の加藤老人会長が、早速、車一杯の毛布やバスタオルなどを持ってこられておりました。すばらしい人です。

私のところにも、「粉ミルクを送ってあげたいのです。」とか「どこへもって行ったらいいかわからないので。」とか、問い合わせもしきりです。

陸路も何とか山形経由で現地まで行ける道路を確保できそうです。

日本青年会議所と自民党とで打ち合わせをしながらルートを確保できたそうであります。

海路も、現在東京湾に物資運搬用の船舶が集結しているようです。

後は、物資を集め、必要性の高いものを選別し、すぐにでも、出発したい気持ちです。

それと、テレビを見ては怒ってばかりの自分であります。

連蓬節電大臣?辻本ボランティア補佐官?

そぎ取ることしか脳のない人材ゆえ適任かもしれませんが、本人には命を守るためにやっているということなど理解できてないのでは?あれほど防災予算を削りまくったのですから、、、。しかも海江田大臣の顔も丸潰れですよね。

辻本氏は何故、何の方針も打ち出さないのでしょうか?自衛隊5万人を10万人に増強すると菅総理は言ってましたが、

5万人と建設重機械のセットの方がはるかに機動力がある事ぐらいは分かっているはずなのですが、、、、。

全国の仕事にあぶれている建設業者の機械を人件費だけで借りれば、みんな喜んで支援すると思いますがねえ。

新居浜の豪雨災害の時は、愛媛県じゅうから、2tダンプトラックが新居浜に集結してくれたのです。それで、市内中のゴミは2日で一掃できました。当然、市民の皆さんと連携してのことです。

とにかく、早急に、現地でのボランティア活動を受け入れできる拠点をつくってもらいたいものです。

いろいろ意味合いも込めて、ボランティア担当大臣はやめていただきたいですね。

せめて、ボランティア活動支援担当大臣とするべきでしょう!!

まちがっても、辻本氏がボランティアに指示するとか、命令するようなことが、あってはならないと思うのですが、、、。

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2011年3月13日 (日)

新居浜災害救援ボランティアネットワーク

再始動です。16年新居浜の豪雨災害の時に立ち上げた、「新居浜災害救援ボランティアネットワーク」

また、仲間が集まってきます。

私のところには、どんどん、災害支援の問い合わせがやってきます。「支援物資をおくりたいのです」とか、「募金活動はせんのですか?」とか、、、、。

とりあえず、19日にイオンの協力も得て、災害支援の募金活動を行います。それとあわせて、支援物資の収集も始めます。

まだ、現地までの道路の確保や、現地側での受け入れ態勢も出来ていない状態ですが、もう数日のことと思います。

現地のボランティアセンターの立ち上げは、宮城県社会福祉協議会を通じて、

物資と道路の情報は、日本青年会議所を通じておこないます。(阪神大震災のときは私が青年会議所として担当していました。)

後は、時機を見て、給水車と、資材トラックと何台かで、現地に行くつもりです。

女川に住む友人の安否が気がかりです。

テレビのニュースにも女川の映像はほとんど流れません。壊滅的な状況という報道はありましたが、

すぐにでも、飛んで行って、あったかいストーブと毛布を手渡してあげたい気持ちです。

そんな、思いでテレビに見入っていると、菅総理の記者会見が映りました。

彼は何故、国民のみなさんに「国家的な危機にみなさんの力を貸してください!!」と訴えられないのでしょうか?

「国民のみなさんの冷静な対応に感謝します」とは言いました。また、結びに「新たな日本を目指して、頑張ります」とも言いました。

被災地の国のトップリーダーとして、彼は、何を国民に訴えるべきか、また、今、トップリーダーとして何をするべきか、全く分かっていないとしか、いいようがないですね。

菅総理はこれまで、そのような現場の真っ只中で活動をしたこともなければ、ボランティアとして、参加もしたことがないのでしょう。残念です。

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2011年3月12日 (土)

東北地方太平洋沖地震

驚愕の大地震が起こった!!ちょうど、松江にバリアフリーツアーセンターの会議に出席していたのですが、

途中で退室して、東京の知人に電話をしていた最中でした。

知人が「うあ~~、こりゃあすごい!!止まらん、、、、。一回電話切るね!!」と言われて、

すぐ、インターネットで確認すると、東京も震度5強となっていましたので、会長の中村氏にメモをまわし、彼から出席者のみなさんにアナウンス、会議は中断となりました。

福島の方からみえているメンバーもいますし、東京は当然、

全国から集まっているみんなで、それぞれの関係者の安否確認!!

映像で見てても、すさまじい地震と、津波でした。

思わず、16年前の阪神大震災を思い出しました。

学校の入り口の、外となんにも変わらないような寒いところに寄り添って毛布にくるまっていた老夫婦、

避難所のテントの中から、弱々しい手で私達を呼んでいたご老人、

あの時の、記憶が蘇ってきます。

私に何ができるだろうか?

何かさせてもらいたい!!

そんな思いが、身体の内から湧き上がってきます。

松江からの最終のJRの中、

まだまだ寒い、東北の、被災されたみなさんのことを思うと、いたたまれない思いで、列車に揺られていました。

何かさせてもらいたい!!何ができるだろうか??

同じ、日本人として、助けたい!!

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2011年3月 3日 (木)

日本の心

今日は、細胞治療の関係で大学の先生のみなさんと話をしていました。

研修医の質の低下についても話がありました。17:15になると、急患がこようとも、帰ってしまうのだそうです。

そのほかにも、ここでは書けない様なことばかり、

私の方からも、モンスターペアレンツのことを2,3例、、、。

この、モンスターペアレンツのことも、とてもじゃないけど、ここには書けません。

正気とは思えない、行動。

そんな環境で、いい子供が育つわけも無い!!

どうも、人間の理性も二極化しているのではないでしょうか?!

経済状況も、二極化、家庭環境も二極化、そして、本人の思考も二極化!!

さまざまなことを、正さなければならない、政治は、

その行くへさえも、分からず、大衆に対して、施しをすることが、集票につながるものと、誤解しきっている左派政権は、

もう取り返しのできない領域に足を踏み入れているのではないだろうか?

日本が危ない!!

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2011年3月 2日 (水)

落合たおさ氏講演

日曜日に、幸いにも湾岸戦争後の国連平和維持活動いわゆるPKO活動に指揮官として参加された落合氏の公演を聴く機会を得ました。

PKO法が施行された後、湾岸に向かった自衛隊の皆さんのご苦労や、

また、当時の、自衛隊に対する冷ややかな世論、

さらには、現地での活動において、日本が機器の装備の上では、他国にはるかに遅れていたこと、

何よりも、驚きは、湾岸戦争後、日本は一兆数千億円を拠出しているにもかかわらず、

クエートに住む日本の人々は、世界各国から非難を受けて、(金しか出さない国として)屋外を歩くこともはばかっていたことです。

自衛隊の皆さんが最初の休暇で、クエートに上陸して、現地の日本人のみなさんと始めてあった時に、

「みなさん、ありがとうございます。これでようやく、私達も外を歩くことができます。」と感謝されたそうでした。

自衛隊の掃海艇の派遣が行われるまで、現地のPKO活動を記念したTシャツには、PKOに参加した各国の国旗がプリントされているのに、日本の国旗は入れてもらえなかったようです。

自衛隊の派遣後に作られたTシャツには、しっかりと日本の国旗もプリントされています。

つまり、国際社会では、具体的な活動を伴わないものは、認められないということなのですね。

日本では、そんな報道はありませんでしたし、

まして、自衛隊の派遣に対して反対する団体の報道はあったように記憶しています。

また、イラクがクエートに侵攻したことには、なんの反対も表明でず、国連軍がイラクを攻めたと同時に、それを非難する報道がありました。

このころから、日本は、なにか間違った思想が氾濫していたのではないでしょうか?!

ただ、自衛隊に対する国民の理解は、その後の阪神淡路大地震のときの活動や、ナホトカ号の油流出時の活動、

H16年の豪雨災害、中越地震など、(16年の豪雨災害では、新居浜にも出動してくれました)

国民の多くの命を守る、守護神として、

多くの国民に共感を得ていると思います。

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2011年3月 1日 (火)

子供達と、、。

久しぶりに子供達と食事をしました。まあ、その食べっぷりに感服です。

次男坊は、十分食べた後、メインデイッシュを4品も食べましたし、その後の、デザートもゴッソリ食べてました。

食べるだけではなく、今回の夕食会は、もう一つ重要なテーマがありました。

私は、自分の仕事のことや、政治向きのこと、などはあまり息子達と話したりはしませんでした。

しかし、もう彼らも大人だし、私を取り巻く、今の環境も理解してもらっておく必要があると思い、彼らと会うことにしたのでした。

今回、ほんとによかったと思えるのは、仕事についても、会社についても、彼らはよき理解者であるということでした。

いつまでも、子供はこどもなどと思っているのは、親ばかりであって、

短い期間であっても、社会人として、もまれている彼らは、

社会人としてのりっぱな考え方をもっているということなのですね。

たまには、こんな感じで、、、、。と思いつつ、自分ひとり大満足の一夜でありました。

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