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2010年3月31日 (水)

構造改革と政権交代

先週土曜日、森高県議の新春県政報告会が開催され、出席をさせていただきました。

ゲストに山東あき子参議院副議長を迎え、さらには、衆議院から参議院へ移った、佐藤ゆかり前衆議院議員も来られておりました。

私は、山東さんの演説の中の、「根拠無き期待」という言葉が、奇妙に脳裏に刻まれました。

「根拠無き期待」

それは、正に、最近の政治が国民を誘導するのにもってこいのスローガンだったのですね。

それでも「構造改革」は根拠はありました。「政権交代」と共通するのは、アンチ自民党をアピールしたところです。

自民党をぶっこわす!!をスローガンに総裁になった小泉総理は、そのままアンチ自民党を「構造改革」の名の下に推進したのです。

それが、2004年の郵政解散となり、自民党に大勝利をもたらしました。

「改革なくして成長なし!!」「聖域なき改革」、、、、。このあたりになると、「根拠無き期待」を歓呼するシュプレヒコールのような感じがするのですが、、、。

ただ、「構造改革」には、まちがいなく根拠もありましたし、社会システムを改革しなければならないという使命感もありました。

ところが、、、、。

「政権交代」はまさに、国民に対して「根拠無き期待」喚起するシュプレヒコールであります。

私達の日本が何処へ向かってゆくのか、そして、その方法論さえもわからず、ただただ、政権交代でありました。

政治主導?

政治家だけで物事を決定することが、政治主導なのでしょうか??

私達は、根拠無き期待を抱かせる、「政権交代」にかく乱され、

さらには、「子育て手当て」「個別所得保障」「高速道路無料化」などの、ばら撒き施策に乗っかってしまって、

選択を誤ったとしか思えません。

ただ、自民党が、小泉総理の路線を踏襲して、アンチ自民党路線を忠実に守っていたら、このような惨敗は無かったか?というと、疑問です。

間違いないのは、自民党が自己改革を実行する時を誤ったということではないでしょうか?!

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2010年3月30日 (火)

四爪錨

友人の栗田社長から電話をいただき、「あなた、錨を見に来ないかんよ!あなたが仕事してたあたりから引き上げたものやから、、、。」と言うお誘いを受けました。

まあ、花見のお誘いだったのですが、

お邪魔すると、伯方島と大三島の海峡のところから引き上げられた「四爪錨」が庭に並べられていました。

説明書きも、パネルに張っていただいてたので、なるほどと、

この社長とは、もともと将棋を通じて知り合ったのですが、付き合うほどに、趣味の深さに驚かされるのです。

前々回は、突然、「そば食べに行こ!!」と、誘われるままに行くと、障害者の方の施設での蕎麦うち会でした。

前回は、舞踊の会でした。

今回は、錨鍛冶のことを教わりました。発動機のことを教わったこともありますし、刃金のことを教わったことも、、、、。

今回も、集まったみんなで、四爪錨の前でワンショット!!

その後、花見の宴会となりましたが、

彼を囲む、バイク仲間、発動機仲間、将棋ともだち(私)、刃金の趣味を持った仲間、近所の人、、、、、。

とにかく、いろんな人が集まっての楽しい宴会でした。

ただ、、、、、。

とにかく寒かった。

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2010年3月29日 (月)

地域ブランド認定式

これまで、二回に渡り審査会を実施してきました、白いもブランド認定式を開催することができました。

20ほどのエントリーの中から、9品目が選ばれたわけですが、その9品以外の商品も十分なブランド力があったと思えます。

午前中は、新規の「白いもブランド」にエントリーしていただいた商品を審査していました。

回を重ねるほどに、いいものがつくられてきているような気さえさせられるほどの、作品が出展されていました。

ブランド認定を出発点として、全国に羽ばたく作品が生まれることを期待しております。

新居浜での農商工連携のモデルになるような事例を作ることができればと思っています。

追伸

今日の花見に、白いもを素材にしたお菓子を持って行きましたが、(丹原でありました)みなさんにそうとお、好評であったことを報告しておきます。

新居浜の店頭を「白いもブランド」が席巻するのもまじかです。

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2010年3月25日 (木)

ビジョン無き予算

いよいよ、22年度予算が可決されました。

民主党の主要施策、子供手当てや、高校授業無料化などで、、どうも私達の日本の将来が見えてこない。

間違いの無い将来の予測として、人口減がありますが、

20年後、30年後、50年後の人口構造にもとづく、日本の将来像を考えただけでも、身の毛がよだつ思いであります。

GDPをなんとか上向きにと考えても、絶対成長は不可能ではないかと思ってしまう。

まもなく、負債がGDPの200%になろうとしているうえに、税収の倍以上の国債を発行せざるをえない予算を組む政府、

世界人口が100億に到達しようという頃には、日本は7000万人を下回る、世界一の高齢人口国になっていることでしょう!

内需拡大にも当然、限界があるわけです。

短期的な雇用の回復と、中期的な産業技術振興と、長期的なビジョンにもとづく、社会システムの抜本的改革が必要ではないでしょうか?!

私達は、気づいていませんが、世界の中では、大きく日本は取り残されていると自覚しなければなりません。

取り返しのできる今、真の政治主導による、新たな「しくみ」づくりが求められているのではないでしょうか?

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2010年3月24日 (水)

コンクリートから人へ?

話題としては、すこし遅すぎた感もありますが、この「コンクリートから人へ」のキャッチフレーズに対するコメントを即座に出すと、私が業界人だからということで、終わってしまう気がして、あえて、今までコメントはしませんでした。

しかし、、、、、。

最近の政治家が発するコメントは、内容の無い、意味不明のコメントが多くなりましたよねえ。

特に、民主党の政治スローガンたるや、選挙に勝てばいいのですと言わんばかりのものばかりです。

「コンクリートから人へ」の話に戻りますが、

今、外の景色を見渡して、コンクリートが全く無いところなどあり得ないわけです!!(まあ、山奥などは別にして、、。)

つまり、人間社会にとって必要不可欠な材料であるコンクリートに対して、あまりにも不適切な標語であって、

この標語が形成するイメージによって、

今後、建設分野で頑張ってゆこうとする人材の育成に、いい影響を与えるとは思えません。

生活第一を標榜するのなら、「コンクリートから人へ」ではなく、「生活重視の社会基盤整備を」とでもしていただきたいものですね。

とにかく、無意味に、コンクリートを否定するこの標語には大反対です。

建設産業が、これまで地域の活性化に寄与してきたことを、愚弄されたような気さえします。

大規模の公共工事を中止することには、やみくもに反対するつもりはありませんが、

今後も、巨大地震の発生や、集中豪雨と渇水が頻繁に発生するといわれているなか、

災害に対して安全な社会基盤整備は喫緊の課題でありますし、

私達の世代のためでなく、次世代にも安全を確保することは重要です。

さらには、国際化の波は地域にも、当然、国際競争力を求めてくることでしょう、

その時に、あわてて対応を考えても、なにも出来ません。

今から、地域振興も考えた、国際競争力をそなえた社会基盤整備も必要ではないでしょうか?

「コンクリートから人へ」の標語が、建設を否定してしまうことになってしまうことを危惧するところです。

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2010年3月15日 (月)

谷垣総裁

13日、谷垣自民党総裁が愛媛県に来られました。急遽の訪問にもかかわらず、地域支部のみなさんや、職域支部のみなさん、おおくの皆さんの出席で、意見交換会が開かれました。

谷垣総裁の挨拶の後、みなさんから意見をいただいたわけですが、

総裁の話を聞いていただて、その人柄に十分、共感していただいたと思われます、

みなさんからは激励の意見が多く出されました。

総裁の話は、丁寧で、聞くみなさんに、自分の思いを一生懸命伝えようとする姿勢がよく理解できます。

1月の、東京での党大会では、総裁の演説を聞いていて、私も目頭が熱くなったほどです。

その総裁の懸命な努力に反して、今の自民党はどうなっているのでしょうか?!

以前のように、総裁降ろしの批判ばかりというのではなく、

具体的に新党結成を宣言しているところは、以前よりは、逆によくなっているように思えます。

政界再編も、後からすれば、志を共にする人が再結成される一つの段階なのかとも思われますし、

政党にいながら、今の民主党のように、自分の主張を何もいえないような政党とは違うというころが、理解いただけるのではないかと思います。

そして、自民党本体も、いい意味での結束もできて、いいのではないでしょうか?!

政界再編が、新しい政治の始まりを予感できるようなもので、あってほしいと思います。

今の民主党政権では、だめだと思っている政治家は、圧倒的多数ではないでしょうか?!

国民もそうだと思います。

新しい政治の波は、地域にも起ころうとしています。

国のレベルの政治からとかいうのではなく、

どこからという順番無く、

同時多発に、

それは、国会の中からも、四国からかもしれません。

新しい政治の流れが、始まります。

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2010年3月11日 (木)

ようやく晴れたけど

ようやく晴れましたねえ、私が自転車を購入してから、まったく晴れの日がなくて、早く乗りたくて、うずうずしてました。(少しは乗ったけど、、、。)

今日は晴れるというのに、早朝から松山へ出発、

6:00時過ぎには出発したのは、理由があって、昨日の講演者、若松進一さんの、「今治まわりで来たんよ!」という言葉に、もしやと思い、8:40開始のセミナーに出席するのに、早朝より出発したのです。

高速道路は、やはり小松インター以南が通行止めでした。

小松で高速をおりて、国道11号線を行けばよかったのに、若松さんに合わせて、今治周りで行きました。

今治で朝の混みぐあい、さらには、松山の入り口でラッシュ、

結局2時間半かかって、到着しました。

16:30までの講習をしっかり受けて、帰りに調べてもらうと、高速道路は、まだ、通行止め。

道路公団も民営化になって、雪への対応はとろくなったんじゃないか!!などと、ぶつぶつ言いながら、松山インターへ行くと、

なんと、開通してました。ラッキー!!

それでも、こんなに晴れた日なのに結局、自転車には乗れませんでした。

明日こそは!!

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2010年3月10日 (水)

これからの日本

バブルがはじけてから、7年間GDPは増えました。バブルがはじけてから1996年までの経済成長を支えたのは、公共投資でありました。

しかし、資産デフレはすでに進行していたといっていいのでしょう。

リーマンショックによって、急速に低迷した、日本経済を立て直し、デフレをストップさせることが、急務であり、

それと同時に、これからの日本の成長の見取り図を描けなければなりません。

応急対応としての財政出動が、景気の底割れを防いできたのですが、財政破綻によって、それさえもできなくなったらどうなるなか不安は増幅する一方です。

このような状況にもかかわらず、民主党は「子育て手当て」こそが消費を盛り上げる最有力な施策であると言っています。

今回の民主党の施策の路線がくるってなければいいのですが、まさに、今後の日本の新たな10年を占う重要な時期と感じます。

私は、このまま進めば、日本経済は決定的な破局を迎えざるをえないように思うのです。

現在の民主党の施策は、長期展望の無い、場当たり的な選択によるものとしか思えないからです。

デフレをストップさせる金融緩和を行うと同時に、所得税減税、住民税減税を行い、1,2年の税収ダウン覚悟で、思い切って手段を選ばなければ、全国民の心のなかにまで、不況が染み付いてしまうと、思うのです。

さらには、技術革新への徹底的な支援と、

地域経済の活性化を導く、地域が自立した施策を選択できる環境を設けることと、

そして、地域主権型の道州制の導入によって、社会のしくみ自体を革新してゆかねければならないと思うのです。

今、正に、政治が社会を牽引してゆかねばならない時期、社会の新たなしくみを構築しなければならない時期

そんな時期に、選挙で勝つことのみを考えるリーダーしかもてない、私達は新たな失われた10年の真っ只中にいるのではないでしょうか?!

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2010年3月 9日 (火)

失われた10年その2

昨日に続いて、「失われた10年」について話します。

1997年に金融危機を迎えた日本は決定的な失速を余儀なくされこととなったわけですが、

2001年に誕生した小泉内閣のもと構造改革を実行してゆくわけですが、

「改革なくして成長なし」とか「聖域ばき構造改革」というスローガン(この頃の意味のないスローガンのおかげで、スローガン先走り政治がはびこることとなります。)のもと、内容は別として市場原理を徹底的に導入する動きもありました。

その構造改革が効果として現れたというよりも、2003年以降の景気の状況はまさに外需に依存しきった経済による景気回復だったわけです。

結果的には、内需拡大にてこ入れすること、をなおざりにして、構造改革一直線で施策が進められました。

今だ、構造改革は道半ばという感じがしますが、

2008年には、ご存知のリーマンショックに見舞われます。

著しい輸出の低迷という、世界経済の荒波をまもとに受けてしまいました。

2009年のGDPは470兆円と91年以降最低の水準です。

つまり、私の私見としては、輸出に頼りすぎた日本経済を、その時点で、グローバル経済と地域経済の二重構造で考えていなければならなかったと思うのです。

そうすると、失われた10年とは、私的には、1996年からの10年間と考えてしまうのです。

で現状はどうかというと、さらに厳しい10年がやってきていると言えるのではないでしょうか?!

今、政治に求められているのは、何なのか??

そのあたりの話を明日に、、、、。

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2010年3月 8日 (月)

失われた10年

よく失われた10年と言われます。政治の果たすべき課題をなおざりにしてきた10年間と言われますが、

はたして、その10年間とは、いつからいつまでをもって「失われた10年」と言うのでしょうか?

近年の10年間で間違いなく言えるのは、中国などの新興国の台頭、そして、日本の長期停滞であります。とうとう、今年にはGDPも中国に追い越され、日本の世界第二位の経済大国の地位も40年間でエンドです。

元へ戻って、「失われた10年」ですが、

バブルの頂点1989年での株価は38915円でした、今では1万円そこそこですから、資産デフレもひどいものです。

では、バブル崩壊した1990年からが「失われた10年」かというと、そうでもなくて、

GDPでみると、1989年には400兆円に乗せ、96年には、500兆円に乗せてますので、バブル崩壊後も7年間でGDPは100兆円拡大しているわけです。

現実には、政府の内需拡大策、公共投資によって景気を支えつつ、経済も拡大していったといえると思います。

しかし、97年の金融危機によって、日本経済は決定的な失速となるのです。

そこで、彗星のように誕生したのが小泉内閣です。

以下明日、、、、、。

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2010年3月 4日 (木)

連休

今、国では、連休を地域別にずらして取る方法を検討しているようであります。

すでに、連休などは、お客が満杯で、断らなければならないような温泉地などは、有り難い施策でありましょう。

しかし、イベント型で連休をあてこんで企画している地域にとっては、対象となる人が特定の地域の人になる可能性もあり、反対でしょう。

また、出遅れして、これから観光立地を目指している地域にとっては、戦略も変更する必要があると思います。

結果的に東京の一人勝ちとなってしまう可能性もあるのではないでしょうか?!

また、国民の休日の過ごし方も多様になってきている今日、

国民の側に選択肢を持たせて、休日を過ごすスタイルを自らが創造できるようなしかけが必要と考えます。

そう考えると、地域エリアごとに連休を決めて、それにそって、休日をとることによる、選択肢の減少は確かにあると思います。

さらには、全国的にさまざまなテーマをもって活動している人が、地域を越えて交流したり、活動するのには、マイナスになってしまわないでしょうか?!

いい面と、マイナス面とがあります。

なによりも、全国の地域で活動している人々に、

今回の連休の変更案によって、新たな活動意欲をもっていただけるきっかけになってもらいたい!!

地域の内発的な活動エネルギーこそが、地域活性化の原動力ですから、

今回の施策の検討も、地域の側に立って、それをどのように受け止め、また、どのように地域活性化につなげるかを踏まえた検討となることを期待しております。

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2010年3月 2日 (火)

たんぽぽ5周年

早いもので、もう五年がたったのですね。

最初、「滝の宮公園にいいところがあるんです。」と言って連れてこられた時には、正直、大丈夫かなあ?と思いました。

なんとか借りれるように話はしたものの、芸予地震の影響で、建屋はすこしずれていましたし、中は雑材でいっぱいでした。

「わたしたちでやるんです!!」と言って、すべて自分達の手でやろうとする、みなさんの意気込みにはまいりました。

途中、屋根が予想以上に傷んでいて、多額の修繕費が掛かるとわかっても、なんとかするという意志はくじけませんでした。

みなさんの気持ちが通じて、突然協力者の方が現れました。

あれから、5年。

これまでの、五年間は、その時以上の努力が必要だったのではないでしょうか?!

どんな苦労があっても、どんな状況であっても、

笑顔を与えてくれるみなさんに、私は勇気付けられました。

みなさんの、愛情溢れる活動が、

この新居浜の一角から、徐々に、少しづつ、広がってゆくことを祈念しております。

頑張ってください

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2010年3月 1日 (月)

黄欄会

愛媛大学医学部黄欄会に出席をさせていただきました。今回は、黄欄会発足30周年と母教室の先端病態制御内科学講座の開講35周年、さらに、光学医療診療部の10周年を、そして、地域医療学講座は開講1周年を記念しての会でありました。

さすがに、一般の民間人らしき人間は私一人です。

第三内科のみなさんとの付き合いと、今回の樹状細胞治療の臨床研究をお手伝いしてるからかな?

などと思いながら、座っていました。

なんとも和気藹々とした、なごやかなパーテイーでした。県内の総合病院がみんな来ているような、、、。

そして、第三内科でしごかれた、同門のみなさんも沢山見えておられました。

やはり、このような式典では、申し訳なくおもっていて、、、。

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嶋田翁一周忌お茶会

朝、起きてからもう一度、台所で手順の確認、

それから、着付けを依頼してたところへ行き、袴に衣変え、

8:30頃には、会場に到着して、さっそく、おさらい。前日のリハーサルでは、手が震えてしまって、、、、。

やはり、今日も、

茶会が始まるとすぐに、私の出番でして、最初の立ち座りができるかどうか不安で一杯でした。

かまえた時には、心の中で「米太郎さん見とって!!」訴えながら次へと進んで行きました。

すると、なんとなく不思議な落ち着きが自分にみなぎってくるような気がするのです。

何度か、心の中で翁にすがりながら、

それでも、上がってしまって、途中、自分がどのようにしたのか記憶にないほどでした。

献茶を無事終えて、その席が終了した時に、多くの方から、「よかったよ!!」と言ってもらって、

ほっとしました。

出席しておられたご家族の皆さんにも、また、淡交会のみなさんにも、なんとかご迷惑をかけずに、御点前ができたことが、自分にとっての最高の喜びでありました。

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