« ヒストリー | トップページ | 二次補正予算 »

2009年1月27日 (火)

16年豪雨災害での思い出

私は、その時の女子学生の笑顔と、おばあちゃんの涙は忘れることが出来ません。

新居浜市での平成16年の水害は凄まじいものでした。皆さんも記憶にまだ新しいのではないかと思います。

床上浸水も全壊の家屋も多数でました。

被災の当日は、夜が明けるまでずっと緊急防災対策を市内の被災地で指示しながら作業をしていました。

翌日はボランティアセンターを立ち上げました。まだ、西条市にも四国中央市にも設置されてない状況でしたが、できるだけ早くボランテアの皆さんを受け入れる準備をしなければと思い、、、、。

今、市議になってる、永易くんは、よく頑張ってたよね。

立ち上げの準備をして、あと、福井から届いた角スコップや一輪車なども整理をして、足らない資材なども調達しました。

また、ボランテアの皆さんの活動が効率よくできるように、翌日のボランテアの人数を確認しては、夜になってから、管工事組合のみなさんには、ミニバックホウを、建設協会のみなさんには、2tダンプを提供してもうように打ち合わせを行い、翌日の作業の段取りもしていました。

それから数日たった、床上浸水になった、ある家での光景です、

ボランテアで参加した高校生の女子二人が懸命にヘドロで汚れたトイレのあたりをきれいに拭き掃除をしていました。

ドロドロになりながら、

夕刻になって作業を終了するときに、

その家のおばあさんがやって来て二人に「ほんとにありがと!!助かりました」と深々と頭を下げてお礼を言っていました。

その家はそのおばあさん一人住まいでした。そのおばあちゃんのお礼の言葉にその二人は、何とも眩しいぐらいの笑顔で

「おばあちゃん、明日も来るね!!」と声をそろえて言いました。

私には、そのおばあちゃんの頬を流れる涙がはっきり見えました。

その二人の女子高生はおばあちゃんの「ありがとう」の言葉にエネルギーをもらったかのように、元気よく帰ってゆきました。

 彼女たちは、この心地よい感覚を一生わすれることはないと思います。

いい場面に、私も居合わせたことを感謝し、

その時の、彼女たちの笑顔と、おばあちゃんの涙は忘れることができません。

|

« ヒストリー | トップページ | 二次補正予算 »

コメント

あの災害の時は大変お世話になりました。
ありがとうございました。 
全くもって感謝です。

指導者がしっかりしているからみんながついて行けると感じました。
その翌年、私は会社を辞めました。信用できない経営者のもとではもう働きたくないと決心できたのもこの災害が一因でありました。

投稿: 一無職より | 2009年1月27日 (火) 15時48分

ゲリラ豪雨なるものが問題化している現在、
南海地震対策とあわせ、事前対策が急がれ
ますよね。

投稿: まさ | 2009年1月27日 (火) 16時56分

災害を受けた一人です家の床下まで土砂が途方に暮れていましたが、白石とおるさんのお力添えで本来なら個人敷地内は個人で土砂を道路まで出さないけないとこを多くの学生やボランティアの方々にお手伝いを頂き早く回復が出来ました。近所の皆も深く感謝しています、この恩義は一生忘れません。本当にありがとうございました。まだまだ寒い日が続きますが風邪を引かないで頑張ってください。先日の朝市役所前で見かけました。元気な姿に安心しました。頑張ってください。

投稿: 新居浜人 | 2009年1月27日 (火) 22時17分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/156702/27494205

この記事へのトラックバック一覧です: 16年豪雨災害での思い出:

« ヒストリー | トップページ | 二次補正予算 »