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2008年9月13日 (土)

記事の真実性

今日は、原稿書きも終わったし少し心の余裕もあるかなって感じですね。

ただ、調子にのって原稿を書きすぎて、質問項目「観光政策について」を削除したのにまだ原稿用紙42~3枚ぐらいあるらしくて、これから32枚ぐらいまで10枚ほど削除しなければならない(質問の発表時間をオーバーしてしまうので、、。)のが大変です。

午後は、某新聞の心無い記事によって心労をきわめている人と会いました。

その記事が出てから、一人、悩み続けていたようで、

しかし、私から何の打開策も、心の慰めもしてあげれないのが残念でした。

そもそも新聞記者というものは、自分の記事に対する責任はとらなくていいのでしょうか?

書きっぱなし、の載せっぱなし!!でいいのでしょうか。

少なくとも私の親しい某紙の記者は、自分の関わった事柄について、深く、深く掘り下げてゆこうとしていました。そこには真実があったのでしょう!

先日も、市役所で何人かと話していると、「最近の某紙は、どこか偏ったスポーツ新聞のような書き方をしますよね」と言っていました。中には「週刊誌並みじゃない!!」と言う声も、

事実の確認がなされないまま、偏った、しかも読者にあたかもその記者の考え方の方向に引っ張り込むような書き方をするというのです。

最近の新聞記者のレベルについての話題でかなり盛り上がりました。

私は、内容もさることながら、その記事で、人が傷ついていることを、記者は認識できているのかどうかが問題ではなかろうかと思うのです。

責任を取るとか、取れないとかよりも、記事に書かれた事案の真実を確認できているのでしょうか?

書くけど、その事柄についての真実は、書いていることが全てだ!!と間違っても思っていないでしょうか??

今、メデアのあり方、報道のあり方、記者の人間としてのあり方なども問われているのではないかと思います。

それは、私たち政治家も同じ事で、自分の生き方を、決して軸をぶれてしまうことのないように、自分を律しながらゆきたいと思います。

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