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2008年4月20日 (日)

ルーツ

みなさんは、自分のルーツを探ってみようと思ったことはありませんか?

別に常日頃からそう思っていたわけではないのですが、自分のなんかの節目には何故かそのことが気になるというか、調べてみたくなるのです。

私は、もう、30年近く前から、自分のルーツが大三島にあるような気がしてなりませんでした。

きっかけは、どうということも無いのですが、ただなんとなくでした。

そんな思いをもって、今日も大山積神社へ

東京から来た友人の夫人が、大山積神社の宮司の越智家と関係があるということを聞いて、ますます何にかに期待を持っての訪問でした。

しかも、その人の実家は高知県の越知町にもゆかりが深いそうで、

さらに驚きでした。

高知県の越知町といえば、豊臣秀吉の四国征伐のときに、小早川の大軍を迎え撃つ、金子備後の守(私の町、新居浜の城主)を援助するために遠く高知より駆けつけてくれたのが、越知町の片岡氏とその軍勢でした。

多勢に無勢で援軍の片岡軍、金子軍とも壮絶な討ち死にをしたそうです。

その越知町にゆかりの人とともに、大三島にまた来ることになったことが、

何かの縁に導かれたような気がしてなりませんでした。

そんな思いで、おとずれた今日、

「三島大祝家譜資料」、という家系図が記載された資料の中に、見つけましたのです!!

小千命(おちのみこと)から始まる家系図は、途中、神社をまもる越智家と河野家(河野水軍)に分かれます。

河野水軍といえば、最後は松山の湯築城の城主、「河野通直」で滅亡するのですが、越智家とはちがって河野家というのは、正に戦いの連続だったと思います。

ただ、一遍上人も、この河野家の人ですし、一族がみな戦いに明け暮れたわけでもないのでしょう。

その河野家側の何代か目のところに、「白石」の字を見つけたのです。

事実、この河野家が私のルーツであるかどうかはまだ確認はできてませんが、

自分の祖先が乱世を生き抜いてきたことは確かで、

どのような生き様であったのか?どのような人物で、どう切り抜けてきたのか?そして、今のこの新居浜に住むようになったのはどのようなきっかけだったのか?それは、わかりませんが、

長い歴史の中で、私の先祖が、その時代、その時代に、次の世代へつないでゆく力を以ってくれていたことに、ただただ感謝をするのみであります。

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