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2008年4月30日 (水)

自己の中の二律背反

先日、鹿児島に行ったときに、ある社長からいただいた本「人生の王道、西郷南洲の教えに学ぶ」稲盛和夫著に、興味深い一節がありましたので、紹介します。

「優れた経営者は両極端を併せ持つ」

というところです。以下文中を引用

トップは、強引なまでに部下を引っ張っていくことも必要です。----------------------。暴走しかねないくらい強いリーダーシップが企業経営には必要な局面もあるのです。

しかし、強烈なリーダーシップを持つと同時に、一方ではそれを否定するような謙虚さを兼ね備えていなければならないのです。

いわば、「独裁と協調」、「強さと弱さ」、「非情と温情」という相矛盾する両面を、トップである社長は持ち合わせていなければならないのです。

(中略)

矛盾するものをどう調和させ、実践してゆくのかというたいへん難しい問題を、我々は課せられているわけです。ーーーーーーーー。ここで本文終了させていただいて、

ここで言う、両方を調整させるとは、決して中庸を意味するのではなく、あくまで両極端を自分で演出しながら調和することなのです。

森羅万象すべて物事に、当てはまる摂理のような感じがしてなりません。

会社の組織自体も、やはり柔軟なネットワーク的な組織のときと、カチカチのヒエラルキーな組織であるときと、両方が存在しなければいけないと思いますし、

そう考えると、リーダーのあり方だけではなく、身の回りにいくつも、二律背反する要素が同居していることが、それにとっていい状態と言えることって、けっこうありますよねえ!!

それとは、また違って、私が日ごろから言っている「弱さの強さ」は、

弱さの中にこそ存在する強さというものですから、二律背反する状況ではなく、それ自体がその奥底に有するものと言えるでしょう。

つまり、表面的に見える部分と奥に秘めたもの、そして、表面に見えるもので二律背反するもの、それらの相互の調和を、

あるときは自分で演出し、

あるときは、相手のそれを汲み取ってあげなければならないのですかね

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2008年4月28日 (月)

地域再生フォーラム3

いやあー、結構疲れました。

これまで、2回フォーラムを開催しましたが、今回はなかなか手ごわいパネラーでした。それぞれ、かなりの活動実績もある人ばかりですから、、、。

意見の集約は、もともとあきらめてはいたものの、最後のまとめはなんとかうまく、こなさなければ!!

その思いが先走って、わたしも少し焦り気味になっていたのかなあっと、若干反省をしております。

今回のフォーラムでは、地域の活性化は、コミュニテイーが原点であり、そこから始まった活動が、さらにコミュニテイーを強化してゆく作用がある、ということを強調したかったのと。地域の経済面での活性化も、コミュニテイー活動がポイントであることを言いたかったわけです。

つまり、地域の経済システムには、「地域産業がどうあるべきか」このことは当然なのでしょうが、

そして「文化をどうするのか」このことも経済に大きく影響を及ぼすことだと思います。

さらに「コミュニテイーをどうするか」が地域経済のなかに組み込まれてゆかなければならないと思うのです。

ですから、行政も地域の産業政策を立案するのと同等に、地域のコミュニテイー政策を策定しておかなければ、戦略的な地域政策はてきていると言えないのではないでしょうか?!

これからの、政策立案は、

その政策形成手法も、そして政策決定も、さらには実施計画も、

今までのような、行政主導型では、若干無理が生じる、というか、住民のコンセンサスを得ることも難しくなってくると思います。

これだけ、ニーズも多様化し、住民意識も成熟してきた社会で、

新たな、「しくみ」づくりを政策形成時点からとりくんでゆきたいと思います。

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2008年4月26日 (土)

第三回地域再生フォーラム

あっという間に、前日がやってきてしまいまして、明日は第三回の地域再生フォーラムとなりました。

いままでとは、すこし視点を変えて、コミュニテイの再生から、地域の活性化を覗いてみようと思っています。

ジャンルが違いすぎて、パネリストの方の意見をまとめられるかなあ?!と若干不安であります。

ただ、結論は今回のテーマで述べているので、その手法をすこしみなさんに理解できるような事例を用意しなければ!と思うのですが、

ううーーん、難しい!!

山内先生の講演を聞きながら、自分の頭の中を整理することにしましょう

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2008年4月21日 (月)

今、島で

今、島で5年前に植樹した桜がきれいに花を咲かせていました(実際には一本残ってたという表現のほうが正しいかも)。

久しぶりの大島の皆さんとの再会、

みんなで、桜の木の下で写真を撮ることにしました。まるで卒業式の写真のような感じですよね、

ただ、私にとっては普通の写真ではなく、「来年もみんなでいっしょに、ここで笑顔で写真を撮りたい!!」という気持ちのこもった一枚です。

桜の木も、何本もある中一本だけが、満開で(その他の桜の木はほとんどが葉桜)、私たちが写真をとるのを待ち焦がれていたように、しっかりと残っていました。

「わしらに何かできることはないか?!」そう言って

9年前のある日、島の香西さん(もう亡くなっています)や白石さん、池田さん、上野さん、、、、、、何人かの人が私のところにやって来ました。

「ボランテアをやりましょうよ!!」私

「そやから、何をやったらええんや?」

私の勧めで、島に「NPO法人わくわくアイランド大島」を設立しました。それからは、私のボランテアのメンバーも参加して、島で活動を続けてきました。

「島の港の水が夏場には臭うんじゃ!!」「わいたの浜をきれいにしたい!!」「島の道をもっと通りやすくしたいのお!!」

その、すべてを取り組んできました。

いっしょに活動した人のなかにも、亡くなった方もいます。なにせみんなご高齢ですから、

いっしょに泣き、、、、。つらい時もありました。

でもまだこれだけ元気な人がいてくれるんですから、頑張らなくちゃいけないなと思います。

みんなで、掃除を続けてきた「わいたの浜」の前で、みんなで修繕して使えるようにした小屋をバックに、みんなで植えた桜とともに、一枚。

帰りに、香西さんの奥さんがプレハブの窓から一生懸命、手を伸ばして、「がんばってよ!!」と握手してくれたときの笑顔が、となりに居た長尾さんの笑顔が、まぶたに焼き付いて、、、。

2時間ほどの、少しの滞在でしたが、

「お元気でいてください」と皆さんを励ますつもりが、頑張らなければという思いにパワーをいただいた感じがします。

感謝

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2008年4月20日 (日)

ルーツ

みなさんは、自分のルーツを探ってみようと思ったことはありませんか?

別に常日頃からそう思っていたわけではないのですが、自分のなんかの節目には何故かそのことが気になるというか、調べてみたくなるのです。

私は、もう、30年近く前から、自分のルーツが大三島にあるような気がしてなりませんでした。

きっかけは、どうということも無いのですが、ただなんとなくでした。

そんな思いをもって、今日も大山積神社へ

東京から来た友人の夫人が、大山積神社の宮司の越智家と関係があるということを聞いて、ますます何にかに期待を持っての訪問でした。

しかも、その人の実家は高知県の越知町にもゆかりが深いそうで、

さらに驚きでした。

高知県の越知町といえば、豊臣秀吉の四国征伐のときに、小早川の大軍を迎え撃つ、金子備後の守(私の町、新居浜の城主)を援助するために遠く高知より駆けつけてくれたのが、越知町の片岡氏とその軍勢でした。

多勢に無勢で援軍の片岡軍、金子軍とも壮絶な討ち死にをしたそうです。

その越知町にゆかりの人とともに、大三島にまた来ることになったことが、

何かの縁に導かれたような気がしてなりませんでした。

そんな思いで、おとずれた今日、

「三島大祝家譜資料」、という家系図が記載された資料の中に、見つけましたのです!!

小千命(おちのみこと)から始まる家系図は、途中、神社をまもる越智家と河野家(河野水軍)に分かれます。

河野水軍といえば、最後は松山の湯築城の城主、「河野通直」で滅亡するのですが、越智家とはちがって河野家というのは、正に戦いの連続だったと思います。

ただ、一遍上人も、この河野家の人ですし、一族がみな戦いに明け暮れたわけでもないのでしょう。

その河野家側の何代か目のところに、「白石」の字を見つけたのです。

事実、この河野家が私のルーツであるかどうかはまだ確認はできてませんが、

自分の祖先が乱世を生き抜いてきたことは確かで、

どのような生き様であったのか?どのような人物で、どう切り抜けてきたのか?そして、今のこの新居浜に住むようになったのはどのようなきっかけだったのか?それは、わかりませんが、

長い歴史の中で、私の先祖が、その時代、その時代に、次の世代へつないでゆく力を以ってくれていたことに、ただただ感謝をするのみであります。

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2008年4月17日 (木)

説明不足

昨日のお互いの理解をすることに続いて、

今、話題になってる「後期高齢者医療保険制度改革」についてですが、

私の一番、懸念していたストーリーに近づいてきました。若年者の負担を軽減するため、保険の負担を押しなべて、高齢者にも負担してもらおうという、保険自体はこれまでにはなかった、画期的なものかもしれませんが、

うんと前から通っていた法律なのに、これまでの間、国民に対して説明をはしょり過ぎです。この制度自体に対する私の意見は後日、じっくり述べるとして、

どうも、最近の政治も、行政も、説明責任を回避している感が強いのではないでしょうか?!

この、制度改革にしたって、今となっては、保険連合が脂汗をかいて説明をしているのではないかと思いますが、

本来、政府、県、自治体が十分に説明を国民に対してしておかなければならないし、政治家も当然、同様であります。

しかも、今回のように、年金から天引きだと、とてもじゃないが年よりは納得できないだろうと思います。

情報公開がこれほど進んでいると言われ、ナット上に掲載することが、あたかも情報公開が出来ていると判断される。

情報の公開は、なるほど出来ているのでしょうが、情報の共有は逆にできにくい社会になってしまったのではないでしょうか?!

マスコミのあおりもあって上辺だけの情報が国中を駆け巡り、情報の本質を議論することを忘れさせられ、

昨日も書いた、お互いに意見をすり合わせてゆく努力や、理解をしてもらう努力をに時間を割くことをなおざりにしてしまっているのではないでしょうか?

私のまちの行政運営でも説明不足のために、市民が戸惑うことがよくあります。

説明をしっかりして、その批判は十二分に受け止め、それで尚且つ、将来の国の姿、もしくは地域の姿を、多くの人に明確に指し示してゆけるような政治家にならなければと!!

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2008年4月15日 (火)

お互いの理解

互いの理解を得ることが簡単にできる人をうらやましく思うこともあります。

互いが互いの納得、つまり自己納得だけで問題なく過ごせることもあるでしょう。

ただ、やり過ごしてゆくだけでいい問題と、じっくりお互いが納得しておかなければならない問題とがありますよね。

また、相手のことを一生懸命思うあまり、自分の意見を押し付けてしまうこともあるし、

相手のことは、どうでもいいので、自分の意見を押し付けることもありますよね、

その、逆も当然ありますよね、

ただ、自分の意見と、相手の意見を常にすり合わせてゆくという作業がまったくなくなると、強い弱いとか、目上目下、などという両者の立場の力学で、意見に決着をつけてしまうような規範が横行してしまいます。

今の政治も同じですよね、自分たちの弱さがあるときに初めて「話し合いをしましょう!!」では、誰も納得しませんよね、

また、強さがあるから、否決、否決では、おかしいでしょう!!

常日頃から、自分のことを理解してもらうように努力する!!

その上で、自分の考え方をどのくらい理解してもらっているかを確認しながら、相手の意見も理解するようにする。

そして、お互いの意見の調整をおこなう。

あたりまえの事なのですが、、、、。

なかなか、できてないですよね。

せめて、同胞たるべき仲間とだけは、お互いに理解しあえる人間関係を構築し続けておきたい。

めいっぱい意見をぶつけ合いたい!!

私にとっての、本当の意味での人間環境づくりは、まだまだです。

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2008年4月14日 (月)

忙しさの中で

いやあ~~先週は忙しかったですねえ!!まあ、仕事以外の用事もかなりありましたが、、、。

特に後半は、

9日6:30出発、新居浜~大阪~京都(京都泊)

10日7:30出発、京都~伊丹~松山~新居浜

11日朝、会に出席してから、10:30出発、新居浜~四国中央~高知~新居浜

12日、7:00出発、新居浜~岩国~広島~東京~名古屋(名古屋泊)、13日名古屋~岐阜~新居浜

と、まあノマド(遊牧民)のような生活でした。その忙しさのなかで、古い友人と偶然だったり、訪ねていったり、でけっこう会えました。

淡交会四国大会で会った友人(私と同い年)は、ひどく体が痛んでいるような感じでした。かなりの激務がこたえているのでしょう、お互いに身体を厭う年代になったのかなあ?!

その世界のトップリーダーである彼ですから精神的にもかなり無理をしてるのでしょう。

私に言えたのは「今度、ゆっくり新居浜遊びにおいでやあ!!」ぐらいでした。

岩国へは、古くからの友人の応援に出かけました。全国的にも注目されてる選挙区です。

東京で秘書をやってるはずの友人とバッタリ高知で会いました。名古屋でも古くからの、

岐阜でも古くからの知人に、、、。

忙しい毎日ではありましたが、友人と会えたおかげで、それほど疲労感はありません。

古くからの友人は、

張り詰めた毎日であっても、いくら忙しくても、

しっかり時間を取って、会うようにしたほうが、いいですね。

新しい出逢いにはそれなりの楽しさや、期待感も当然膨らみますし、絶対に自分自身にはプラスであります。

また、小気味よい緊張感も持続的にもてます。

しかし、古くからの友にも、あえて時間を作ってでも会わなければいけないなあ!!

と、つくずく思った週末でした。

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2008年4月11日 (金)

自分の中の自分

「自分の目標に向かって!」とか「自分としては最高の出来でした!」とか「自分には納得ができる成績では、、、。」とか、

自分の中の自分が持っているボーダーラインのようなものがあって、

しかしながら、その自分の中のボーダーラインも自分が設定しているわけですから、

その時の状況によって、結構上下するわけで、

内心はまだこんなもんじゃ無いと思っていても、そこそこの成績の場合は「十分やれました、自分としては満足な成績です!!」などと言ってしまう。

逆に、内心はもうこれで十分やれたよなあ、と思っていても、成績が芳しくなかった場合は「申し訳ないです。もう少し努力して次回にかけます!!」などと言うわけです。

つまり、自分の中のハードルをどのように設定するかは、自分次第なのですが、そのハードルを外部に対して表現するときには、その時の自分の外観的状況が大きく影響しますよね。

それでは、

その人の人生のハードル、もしくはボーダーライン、及び、掲げる目標も

その人の現在の状況によっては、その人から口にされる「言葉としての自分の人生の目標」も変わってくるのでしょうか?

当然、変わってくるでしょう!しかし、、、、。

変わってはならない部分もありますよね!!それは、その人の人生観であったり、倫理感であったり、人間としての尊厳であったりする場合もあると思います。

その、変わってはならない部分のハードルを

別の目標のために、一部分壊さなければならない時がきたとしたら、どうしたらいいんでしょう?

どちらを選択するかというよりも、選択の余地も無い状態で、

自分の中の自分の実体を失いたくはないですよね。

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2008年4月 8日 (火)

知覧紀行おまけ

知覧に着いたその夜、いっしょに行った社長から、

「これ、いいよ!!読んでみたら!?」と言ってくれた本があります。

「人生の王道」西郷南洲の教えに学ぶ    稲盛和夫著

その社長は、大の稲盛党というか、稲盛さんに心酔している人です。

いいタイミングで、いい本をいただけました。

その社長が、本を手渡してくれるとき、「ここやぞ、ここ!!」と言われたところが、現在の中央官庁ならびに政治に対して、恐ろしいぐらい当てはまっていたので、紹介します。

{遺訓13条}

能く古今の事跡を見よ。道の明らかならざる世にして、財用の不足を苦しむ時は、

必ず曲知小慧の俗吏を用い巧みに収斂して一時の欠乏に給するを、理財に長ぜる良臣となし、

手段を以て苛酷に民を虐げるゆえ、人民は苦悩に耐え兼ね、収斂を逃れんと、

上下互に欺き、官民敵讐となり、終に分崩離析に至るにあらずや。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

ようするに、一時の不足を逃れることを、財政に長じた官吏とほめると、手段を選ばずむごく国民から虐待するので、人々も自然に、うそ偽りを言うようになり、上下お互いに騙し合い、敵対して、結局、国が分離崩壊してしまう。

と忠告しているのです。

まさに、今の世相にぴったりではありませんか?!

本の帯に、「魂を揺さぶる西郷の思想と行動を、混迷の時代に蘇らせた渾身の一冊」と書いてありました。正にそのとおりの一冊です。

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2008年4月 4日 (金)

知覧紀行その2

そんなわけで、夕刻知覧に到着しました。

日没まで少し時間がありそうだったので、武家屋敷を散策、

武家屋敷といっても、中には実際にまだ使っている家屋もありました。とにかくみごとに手入れされた家並みが続きます。まるで、時を越えて、その時代にタイムスリップしたように感じるほどのたたずまいです。

武士というよりも、軍服をきた将校がでてきそうな感じでした。

なによりも驚きは、道にはゴミがかけらも見当たりません。

まちがきれいで、透き通った空気とあいまって、清潔感のただよう町並みです。

すれ違う人も、気軽く声をかけてくれます、「あっちは、もう見んさった?」

町中が私たちを迎えてくれているような、なんともいえない心地よい気分をもてます。

翌日の朝、朝食を終えてから、鳥濱トメさんのお孫さんになる人の話を聞かせていただきました。

聞けば聞くほど、胸に深く残る話です。トメさんと石原慎太郎との逸話も、戦後ののトメさんの話も、、、、、、。

私は、来てよかったと、、、、、。いや、もっと早く来るべきだったと、、、。思えました。

知覧特攻平和会館で、

特攻に行った人の遺書を、写している人がいました。

少し鉛筆をはしらせては、流れる涙をハンカチでぬぐっていました。声を殺して泣いている、その人の姿をみながら、私も、涙しました。

その時の、おばさんの姿がまだ鮮明に脳裏に焼きついてはなれません。

「生きる」ということを、もう一度、

自分の責任において「生きる」ということを考えさせられた一日でした。

知覧へはもう一度行こう!!

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2008年4月 3日 (木)

知覧紀行その1

誘われるままに、特攻隊のまち、知覧へ行くことになりました。

特に、富や旅館に泊まって、「とめさん」(特攻の母)のお孫さんの話を聞くことが、大きな目的です。

鹿児島空港に着いて早速知覧へと、ジャンボタクシーに乗り込んだのですが、タクシーの運転手さんの勧めもあって、鹿児島市内の西郷さんの銅像を見学にゆくことになりました。

西郷顕彰館が圧巻でした。西郷氏の生涯をわかりやすく展示にそって学べます。

彼の数奇な生涯と、その生き様に感動です。これほどの人物は、とてもではないですが現在の政治家ではいないでしょうね。

その時、その時に自分に被いかぶさってくる環境を、逃げることなく受け止めてゆく、人間的な大きさを感じました。

鹿児島という地域の風土が人を育てたのか、

もう一度ゆっくり訪れたい気分にさせてくれる施設でした。

城山の公園から桜島を見て、

一路、知覧です。

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2008年4月 1日 (火)

こんなことでいいんでしょうか?

とうとう、道路特定財源の暫定税率がなくなりました。

ガソリンは値引きをいつごろから下げてもらえるのかわかりません。

歳出のみが明確になった予算は国会を通過したものの、歳入の部分の補填の議論がないままの新年度への突入、

特に民主党の施策方針がまったく不明瞭極まりない、

国の舵取りを任せられる政党からは程遠い感がしてなりません。

しかも、どうせ議論がかみ合わないから議論をする場も、持つつもりが無い、とは、、、。

真っ向から議論をぶつけ合ってこその二大政党と言えるのではないでしょうか?!

自民党も暫定税率が消滅する前に打つ手はなかったのでしょうか?

次の国会で、再びガソリン税をアップするように、法律を強行採決するとして、

下がったかと思えば、上がったり、国民が政治のやり取りに右往左往するようでは、政治自体に不信感を持たざるを得ない。

今まさに、政治も経済も激動のまっただ中なのでしょうが、

国内の事情だけで物事を決定しようとするのは、結果的にいい結論を見出せないのではないかと思います。

せめて、政治家の方たちには、グローバルな視点から、また、ロングスパンでの視野を持って、取り組んでいただきたいと思います。

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