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2007年12月 4日 (火)

あたたかな光、淡い光

この何日か、「光」を感じることが多くありました。いよいよ冬の訪れを感じているからでしょうか?

去年のブログにも書いた、すみれ保育園のライトアップ、

光に温かみを感じるものでした。今年も点灯式にお邪魔をして、恒例のトン汁を一杯、

まわりが暗くなるほどに、浮かび上がってくる「光のピラミッド」

ペットボトルでつくったピラミッドの中からつたわってくる光には、温かさがありました。

周りで遊ぶ子供たちのおかげで、いっそうあったかさを増して輝いているように思えます。

子供たちには、光を演出する「ちから」があるのでしょうか?

一方、先日たづねて見に行ったステンドグラスの展示会。

ちょうど夕陽が部屋の中にさしこむころに、一段と淡い光をはなつステンドグラス(隣の歯医者の先生の奥さんの作品でした)

その模様や、形、つかう色合い、ガラスの曲げ具合、いろんな要素があるのでしょうが、ステンドグラスすべてに共通するのが、光を淡い光に演出しているなっと、感じました。

しかし、ふと、その人によっては、作品によっては、その光が「淡く感じたり」「優しく感じたり」「温かく感じたり」するだよな、とも思えました。

つまり、光を演出するということは、光自体の色彩の変化によって描いてゆくことで、できあがるのではなく、

光を見る人のほうで、光に対して感じることで演出の結果がでるというか、

その人の感じ方なのですね。

だから、子供がいっぱい、いっしょにいるところで見た光は「温かく」感じたのでしょう、寒くなればなるほど光が「温かく」感じるのも同様ですね

光を演出する主役は自分自身ということですね、

自分の生活をふりかえっても、自分自身で演出してしまっていることが多いことに気づきます。

それでいて、自分の演出は?というと、、、、。

自覚される主観的自己と親、他人、社会などとの相互的なかかわりの中で自覚される相互的な自己があって、

その双方の整合性をとりながらつくりあげてゆかなければ、ならないのですから、やっかいですよね

まあ、

自分の演出などは、他人にまかすのが一番ですかね!!

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