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2007年12月31日 (月)

年の瀬

いよいよ、今年最後の日になりました。実は、昨日も同じタイトルでブログを書き込みましたが、飛んじゃって、、、、。

昨年の12月31日の書き込みを見てみました。「政治家と行政マン」というタイトルの書き込みでした。

年の区切りにはあまりそぐわない内容に、すこし恥ずかしい気さえしました。(そうかといって今日がいいとも言えませんが)

今年は、いろんな出会いがありました。

選挙の年でもあったので、なおさらかもしれませんが、幅広い人とのふれあいを得たと思えます。

逆に、別れもありました。疎遠になった人もいます。

以前、講演に全国を回っていたときには、いつも講演のエンデイングに、私の好きな詩の披露をていました。

相田みつおの「出逢い」という詩です。

出逢い

その時の出逢いが、

人生を根底から変えてしまうことがある

よき出逢いを

人生を根底から変えてしまうという一節がすきでした。

この詩に出会ったころに「弱さの強さ」という言葉にも出会いました。自分の人生の使命を求めるようになったのも、このころかと思います。

それからも、さまざまな出逢いを得、

この数年は、出逢いで得たパワーを内にとどめるような、抑制するような力を自分にしいていたようでした。

しかし、今の思いはすこし違います。今年の出逢いは、さきほどの詩の、人生を根底から変えてしまうような、

そんな、

自分の人生の転機を感じます。

来年は、力の尽きるまで、フルスロットルで駆け抜けて行きたいと思います。

自分の使命のゆくえに向けて!!

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2007年12月28日 (金)

11回目の集まり

恒例のグッドウィルとセクレタリーグループとの忘年会、今年で11回目になりました。

新しい人で、この2,3年、古い人で25年を超える付き合いの人、

みんな、私にとって気心の知れた仲間です。

ある人は、内子から、そして川之江からも、

一人ひとりに出逢いのときの思い出と、いっしょに頑張ったときの事が、鮮明に思い出されます。

その、出逢いからずっと付き合ってくれたことに感謝するとともに、

これからも、お互いに生涯を通じて、良き友でありたいと強く思います。

年齢とか、役職とか、会社の規模とか、住んでるところとか、何の要素も視界にはいらない、付き合いができると思うのです。

今日の、出逢いに感謝

忘年会

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2007年12月26日 (水)

もちつき

昨日は、もちつきに最高の天気、

一年ぶりの、会社主催のもちつきです。昨年は70臼ついて、少しあまったので、今年は若干少なめ!

朝から、大勢でわいわい、

力をこめて、一生懸命ついていると、周りの雰囲気も変わってゆくのがわかります。

「一生懸命」の取り組みは、周りの人の心に伝わってゆくのでしょう。

和気藹々とした、なかにも、その空気は必要です。

だらけたつき方をしては、和気藹々とした雰囲気さえもちがったものになってしまうような気がしました。

和やかな空気、和気藹々とした雰囲気を、さらに心に留めるのに

「一生懸命の姿」がいいのでしょう!!

そして、その姿が、引き込む周りの空気には

絆がしっかりとみえてくるものなのでしょうね。

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2007年12月24日 (月)

娘の帰国

18日からの、ほんの数日の帰国でしたが、娘の帰国にあわせて小旅行を、、、。

奈良に行ってきました。小雨のする早朝のワンショット、

前の日には、わざわざ友人が訪ねてくれて、ほんわかした、ファミリーな休日となりました。

娘も古都奈良を気に入ったようで、カメラのシャッターをしきりに押していました。ボストンで、写真の勉強をしている娘にとって、奈良は絶好の被写体のあふれる街なのでしょう。

朝の散歩も、当初はずいぶん歩く予定でしたが、娘のカメラを撮りながらのペースに合わせては、ほんの周辺だけで、時間アウトとなりました。

しかし、カメラに没頭する娘を見ていて、なんとなく安心できた、親心かな、、、、。

その日の、13:00の関空発のデトロイト行きで飛び立ってゆきました。

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2007年12月20日 (木)

冬空に映える

メタセコイヤの明かり

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2007年12月16日 (日)

孫の誕生日

なにかと、バタバタして忙しい師走ではありますが、久々に癒しの時間をいただきました。

やはり、孫というのは特別ですよね、

またまた、孫ばかなジージをしてしまった。

2歳の誕生日

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2007年12月15日 (土)

哲学の人

愛大医学部でお会いした、アクバル先生。

もうすでにバングラディッシュから日本に来て28年、肝臓病の研究、特に樹状細胞の研究をして20年とおっしゃてました。

子供の受験のために、今年、日本人になったそうです。

肝臓病の治療の話になると、熱っぽく話、

そして、哲学の話になると、奥深い澄んだ目で話しかけてくる方でした。

インドのアーユベーダについても、いろいろ伺いました。

肝臓病の治療をこの日本で確立して、アジアに、世界に、広めたいと、夢を語りかけてくれるアクバル先生

私は、久しぶりに、自分の夢を、切々と語る人に会えたように感じました。

私は、これほど、自分の夢について、人に語ることができるでしょうか??

先生の体全体から光が放たれているように感じました。

夢を語れる人は輝きもちがいますよね

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2007年12月11日 (火)

恩人との再会

先日、韓国の友人より、ガン治療に関して協力の依頼がありまして、

しかも、先週の金曜日に話があって、月曜日には韓国から、教授がみえるので、誰か紹介を、と言う話になりました。

韓国からの先生は「樹状細胞」をもちいた免疫治療の研究を、腎臓に関してはすでに完成の域に達しているそうでした。

愛媛大学にも同様の研究をしておられる教授がおいでになると聞き、

愛媛大学先端病態制御内科、教授の恩地先生を県庁より紹介していただき、早速、おじゃましてきました。

先端病態制御内科とは以前の第三内科と聞き、

ずいぶん、なつかしく感じました。20年ほど前に私は、第三内科に通っていました。

太田教授という先生に随分お世話になったのですと話すと、なんと!!

「この人だよ!!」と恩地先生が指差すそこに、太田教授の写真が、ど~~んと貼ってあるのです。「私の前任者であり、私の恩師です。」と、、、、。

思わず、恩地先生に写真いいですか?と断ってから、太田先生の写真(写真下)を撮らせていただきました。

ほんとに偶然ですが、恩人に久しぶりにお会いできたような気がしました。

その当時、私は肝臓治療の映画に、太田教授から依頼され、主人公(模範的な患者として)で出演しました。

写真を眺めながら、その当時のことをいろいろと思い出しては、先生にあらためて感謝しきりであります。

訪問したテーマ「樹状細胞によるガン治療」については、熱心にミーテイングが進められ、今後のコラボレーションも期待できそうです。

愛媛が日本の中のガン治療の先進地になるような、予感がする一日でした。

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出遅れ

今日は、久しぶりに日曜日、でも、夕方まで何も予定が入ってなかったので、家内と紅葉を見に行こうということになりました。

しかし、前に食べた、八幡浜の「ちゃんぽん」も食べたいねえ

ってことになりまして、まずは、八幡浜に、そして南予で紅葉を見物ということに、あいなりました。

前回、行ったときには「丸山ラーメン」と「ロンドン」をハシゴしてしまいましたが、今回のターゲットは実は「丸山ラーメン」の「あんかけ焼きそば」(写真上)でした。

うまい!!食べた後、やはり「ちゃんぽん」も食べたくなって、、、、、。

「ちゃんぽん」食べっか?と言うと、答えは当然「NO!!」でありまして、

結局、「丸山ラーメン」のちゃんぽんは次回となりました。しかし、ここの焼きそばは絶品ですよ。

食事を終えて、一気に面河渓谷へと車を走らせました。八幡浜を出発してから、懸命に、かっ飛ばして、2時間弱、

石鎚スカイラインは12月1日より通行止めという電光掲示板も何度か目には飛び込んできましたが、ものともせずにまっしぐら。

燃えるような真っ赤な「もみじ」が浮き上がったように山に映え、紅葉した木々のすばらしい演出をイメージしながら、、、、、、。

美川をまがって、いよいよ面河へ、

道路際の落ち葉を掃除する老夫婦を目撃!!「むむ、紅葉は終わっているのでは?!」

そういやあ、山の茶色は、葉っぱの色ではなく、木の幹や枝の色のような、、、、、。

「モミジロード」という区間表示のところは、はっきり、もみじの葉は落ちてしまっているではありませんか!!

出遅れてしまった!!という思いが、、、、、。

面河の5色は「もみじ」の赤が見れなく、すべてを堪能することはできませんでした。

残念。

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2007年12月 7日 (金)

魂に伝わる

感動しました。

魂に伝わってきたような感じでした。

4年ぶりに登壇した、その議員の話は、まさにそう思えました。

「野に下れば野に咲く花の美しさが見えてくるものであります。」

「人の世の情けにふれ、その温もりが身にしみるものであります。」

「今まで聞こえなかった声が聞こえてくるものであります。」

「今、自分にできることは何か、なすべきことは何か、政治に今、本当に求められているものは何か。

原点に立ち帰って、しっかり頑張りたいとの思いを新たにしている所であります。」

「強者と弱者があるならば、弱者に光を当てるのが政治、恵まれない地域があるならば、その地域を守るのが政治、遅れた地域があるならば、その地域にこそ力を注ぐのが政治。政治の光を求めている人の為、地域のために自分のすべてを捧げるとの思いを強くしているところであります。」

いい言葉が沢山ありましいた。

私も魂にまで伝わるような演奏をしてみたい。

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2007年12月 6日 (木)

ちりとてちん、その2

今日見ていて、もう一つ気づきました。

さまざまな思いやりの心も、表現されてますね。

優しさとしての思いやり、そして厳しさとしての思いやり。

傷ついている人にとって、どちらの思いやりがいいのか、その時の状況によってちがうのでしょう。

わたしも最近ようやく、厳しさとしての思いやりが少しずつ話せるようになりました。

厳しい言葉の向こう側にある優しさを理解してもらえるかどうかは、別として、

傷ついた人の心の支えとなるのは、厳しい言葉であることが、多いような気さえします。

ずう~~~と昔、私がまだ20代のころ、東京でご一緒させていただいた老人が、私に、「君、男の優しさというものは、どんなものなか、わかるか?」

「え?どんなもんなんでしょうか?」私

「それはなあ、厳しさと、厳しさの谷間にあるもんなんや!!わかるか?」

まだ、大学生だった私に、その老人は突然、問いかけてきたわけで、

なんとなく、「はあ?そうですか」と、判ったような、判ってないような返事をしました。

何故か、その会話はほんの二言三言なのに、私の脳裏に焼きついたように、いまだに思い出してしまいます。

ちょうど、31年ほどになりますかねえ

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2007年12月 5日 (水)

ちりとてちん

今日、議会の始まる前に、「ちりとてちん」(NHKの朝ドラ)の話になりまして、

私はというと、当然毎日見てます。「本日はようこその、はこびでございます。」ドラマでよくでるフレーズ、私もよく口ずさむようになりました。

見れないときは録画してもらってて、後で見ます。

最初の頃は、見たり、見なかったりでした。

たまたま、「きよみ」(主人公)が大阪に出てゆくころからですかねえ、、、、。本腰いれて見る様になったのは。

このあいだ、母「糸子」の名場面集をNHKでやってました。NO1はその場面、列車に乗って、大阪に向かう「きよみ」に「糸子」がカラオケ大会のステージから「ふるさと」を歌う場面でした。これは泣けますよ~~~~~!!「ああ~~あ~~誰でも、故郷はある~~」

私は、気に入った日のやつは、何度か見ます。(こんなの今回が初めて)

私が、何度も、何度も、見ては、泣けるやつは、

小草若(師匠のむすこ)がみんなと久しぶりに講座にあがったときの物語

泣き崩れてしまう小草若に、場がざわめいたとき、父親の草若(師匠)が舞台に上がるときのやつでんがな、、、、、、。

この日の、「ちりとてちん」は何回見ても、泣けてしまうのです。

このドラマには、愛があり、絆があり、そして夢がありますよね。

しかも、さまざまな、愛のかたち、母の愛もあれば、父の愛、師匠の愛、夫婦の愛、兄弟の愛、恋心もあり、、、、、、、、。とにかくそれぞれのキャストが表現する愛情は、どれも感動します。

それと同時に、人と人の絆を感じますね。

今の社会に、もしかすると失いかけているものが、このドラマの中に凝縮されているように思われてなりません。

週に3回は泣いています。

朝ドラで、週に3回も涙す私は、変な中年になりつつあるのでしょうか??

家内にはばれないように、(かっこわるいんで)声をころして泣いていますが、

いつも、ばれてます。カタワル~~~!!

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2007年12月 4日 (火)

あたたかな光、淡い光

この何日か、「光」を感じることが多くありました。いよいよ冬の訪れを感じているからでしょうか?

去年のブログにも書いた、すみれ保育園のライトアップ、

光に温かみを感じるものでした。今年も点灯式にお邪魔をして、恒例のトン汁を一杯、

まわりが暗くなるほどに、浮かび上がってくる「光のピラミッド」

ペットボトルでつくったピラミッドの中からつたわってくる光には、温かさがありました。

周りで遊ぶ子供たちのおかげで、いっそうあったかさを増して輝いているように思えます。

子供たちには、光を演出する「ちから」があるのでしょうか?

一方、先日たづねて見に行ったステンドグラスの展示会。

ちょうど夕陽が部屋の中にさしこむころに、一段と淡い光をはなつステンドグラス(隣の歯医者の先生の奥さんの作品でした)

その模様や、形、つかう色合い、ガラスの曲げ具合、いろんな要素があるのでしょうが、ステンドグラスすべてに共通するのが、光を淡い光に演出しているなっと、感じました。

しかし、ふと、その人によっては、作品によっては、その光が「淡く感じたり」「優しく感じたり」「温かく感じたり」するだよな、とも思えました。

つまり、光を演出するということは、光自体の色彩の変化によって描いてゆくことで、できあがるのではなく、

光を見る人のほうで、光に対して感じることで演出の結果がでるというか、

その人の感じ方なのですね。

だから、子供がいっぱい、いっしょにいるところで見た光は「温かく」感じたのでしょう、寒くなればなるほど光が「温かく」感じるのも同様ですね

光を演出する主役は自分自身ということですね、

自分の生活をふりかえっても、自分自身で演出してしまっていることが多いことに気づきます。

それでいて、自分の演出は?というと、、、、。

自覚される主観的自己と親、他人、社会などとの相互的なかかわりの中で自覚される相互的な自己があって、

その双方の整合性をとりながらつくりあげてゆかなければ、ならないのですから、やっかいですよね

まあ、

自分の演出などは、他人にまかすのが一番ですかね!!

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2007年12月 3日 (月)

あたたかな

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